柔道混合団体で金メダルを逃した意味 競技人口は仏56万人、日本は16万人の現実

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 柔道は期待を上回る9個の金メダルを獲得、いまなお「お祭りムード」に包まれている。

 競技最終日に行われた新種目「混合団体」は決勝でフランスに敗れ、銀メダルに終わった。準々決勝のドイツ戦でも最初の2試合を落とし、その後4連勝したが、薄氷を踏む勝利だった。

 大会前、柔道界のレジェンドが「金メダルは100%間違いない」と言い、私自身も「今大会の全競技の中で最も金メダルに近い」と予想したこの種目を落とした驚きは半端ではない。何しろ、この種目が採用されて以来、日本は一度も負けていなかったのだ。

 だが、井上康生監督の選手への思いやりややさしさが賛美される風潮の中で、敗北の責任や意味はほとんど問われずにいる。

 私は、この敗北を責める気持ちはないが、あまりにも敗戦を直視しない柔道関係者および周囲のお気楽ぶりにちょっと首を傾げてしまう。

 負けた相手がフランスというのは、とても象徴的だとも感じる。

 日本では、「柔道ニッポン」という言葉が当然のように使われ、「柔道の本家は日本」と誰もが理解している。ところが、世界の現状を俯瞰すると、「日本は世界一の柔道国」と言えない現実がすぐ見て取れる。

 単純に競技人口を比べると、世界で一番多いのはブラジルで約200万人。2番目がフランス約56万人。日本はその3分1にも満たない約16万人と言われる(2016年ミズノ調べ)。

 つまり、もはや日本は競技の普及率や人気度でいえば世界一の柔道国ではない。実際、少年少女の大半がこぞって柔道に取り組むというムードが身の回りにあるわけでもない。柔道を始めるのはごく一部、限られた少年少女であって、むしろ少数派だろう。

 しかも一方、「柔道事故」という重大な問題も本質的な改善がされないまま、現在に至っている。

 日本における柔道事故の問題は、武道が授業で必修化される2012年の前年あたりからようやくメディアでも問題視され始めた。名古屋大学大学院の内田良准教授の著書『柔道事故』でも明らかなとおり、著者が調べた2011年度までの29年間で「118名の子どもが命を落としている(ここには民間の道場の死亡数は含まれていない)。柔道の部活動における死亡率は、他の部活動と比べて突出して高い。それにもかかわらず個々の事故事例はただ『仕方のないこと』『不慮の事故』として闇の中に葬り去られ、事故防止策が検討されることもなかった」という。

 その後も残念ながら死亡事故は起きている。

 昨年10月にも、中学校の柔道部顧問の男性教諭が体罰で逮捕される事件があった。神戸新聞は次のように報じている。

「市教委は会見で、教諭が入部間もない生徒1人に10回以上投げ技や寝技を掛け、途中で失神すると、ビンタをして起こし、さらに投げ技を繰り返したと説明。仮入部中のもう1人にも寝技を掛け続けたという。副顧問は恐怖を覚えて止められなかったとし、目撃した生徒らが『恐怖を感じた』と話したという」

 柔道にかこつけてこのような行為を指導と主張する指導者が存在する。それはこの教師個人の問題なのか、柔道界が体質として持っているのか。検証は必要だろう。

 なぜなら、これについては驚くべき事実がある。日本より競技人口が多く、日常的に柔道が盛んに行われているブラジルやフランスでは長い間、ほとんど死亡事故のような重大事故が起きていないという現実だ。

 日本の柔道と、海外の柔道、あるいはその指導法や道場の雰囲気には決定的な違いがありそうだ。日本では「よし」とされてきた習慣が本当は死亡事故につながる重大な温床になっている可能性がある。ところが、その悪習が放置され、事故を生み出している。海外ではそのような悪しき体質が継承されていないのだとしたら、日本は謙虚に学ぶべきだろう。

 少し短絡的な言い方になるが、「金メダルを9個獲ったから万々歳」ではなく、「混合団体でフランスの後塵を拝した、その深い意味」を謙虚に受け止めることがいまの日本柔道界には必要ではないか、そんな思いがよぎる。

 選手たちは、「オリンピックで金メダルを獲ることが使命」と動機を与えられ、その使命を懸命に果たした。心からの拍手を送りたい。だが、金メダルを獲りさえすれば、柔道の課題がすべて解決され、未来が拓けるとは限らない。選手自身も、柔道事故の問題や、柔道を始める子どもたちが年々減っている現実にどんな改善策を提供できるか、問題意識を携えて稽古に取り組むことは大切ではないか。もしそういう意識を高く持っていたならば、敗戦を悔しがるというのでなく、フランスに負けた重大さをもっと深く受け止める空気が漂ったのではないか、そんな風に感じるのだ。この機会に日本の柔道界がさらなる発展の道を模索する未来を願ってやまない。

小林信也(こばやし・のぶや)
1956年新潟県長岡市生まれ。高校まで野球部で投手。慶應大学法学部卒。「ナンバー」編集部等を経て独立。『長島茂雄 夢をかなえたホームラン』『高校野球が危ない!』など著書多数。

デイリー新潮取材班編集

2021年8月5日掲載

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