自動販売機を社会のインフラに発展させる――高松富也(ダイドーグループHD代表取締役社長)【佐藤優の頂上対決】
自動販売機の可能性
佐藤 ロシア人は自販機の商品には何が入っているかわからないと、敬遠していた時期があります。現地へは、日本の機械を持って行ったのですか。
高松 基本的にはそうです。確かに日本型の自販機がなかったので、浸透するのに時間がかかりました。またしばらくは、中の商品もすべて日本から輸出していた。いまは現地の製品や進出しているトルコの製品も入れています。壊されたり盗難にあったり、という心配もしていたのですが、意外とそういうことはないですね。
佐藤 置いている場所でしょうね。駅のそばとか、ただの街頭では危ない。重機で自販機ごと持って行ってしまう輩もいますから。
高松 そうなんですか。
佐藤 ショッピングモールなど、ロシアの富裕層が集まる場所なら大丈夫です。たぶん現地のスタッフに目利きがいて、ここならいいと指示していると思いますよ。ショッピングモールは、だいたい秘密警察出身の屈強な連中が警備しています。
高松 やはり場所は大事ですね。
佐藤 その点、日本はどこでも大丈夫ですし、誰もが抵抗なく利用します。それは日本が高度信用社会だから成り立っているのだと思います。
高松 私は自販機を社会のインフラ、生活のインフラといわれるくらいに発展させたいと思っています。具体的には、置かれている場所のニーズに応じたサービスを提供していく。そのために、自販機からオンラインでリアルタイムの情報を取れるよう投資しているところです。
佐藤 何がいつ、どこで売れているかを同時進行で把握するのですね。自販機が一つの端末になる。
高松 それで売れ筋がわかりますし、管理も圧倒的に効率化が図れます。いままでのオペレーションは属人化していて、どういうタイミングで、どういうラインナップにするかは、一人ひとりの知見や経験に支えられていました。それが弊社の強みでもあったのですが、なかなかそれは継承しにくい。だから高いレベルで標準化できないかと考えていました。
佐藤 街には各社多くの自販機がありますね。1台ごとの適切な間隔などもわかっているのですか。
高松 場所によって違いますので、明確な基準があるわけではありません。いまは外よりもオフィスを中心に新規設置先を増やしていまして、それにはある程度の基準があります。
佐藤 いま日本全国にダイドーの自販機はどのくらいあるのですか。
高松 約27万台です。
佐藤 業界何位になるのですか。
高松 3番手くらいですね。
佐藤 それだけの数の場所から情報が集まってくると、さまざまな可能性が出てきますね。
高松 先ほど申し上げた生活のインフラとしていくため、場所に応じて飲料以外のさまざまな商品を置いていこうと考えています。
佐藤 例えばどんなものですか。
高松 去年あたりから始めたのですが、例えば人が多く集まる場所にはマスクを入れたり、道の駅や商業施設など子連れの方が多いところにはオムツを入れたりしています。
佐藤 それは既存の自販機で、簡単にできるのですか。
高松 普通の自販機だと入れられるものは限られます。マスクは自販機に入る容器に入れて販売していますが、オムツだとそうはいかない。ただ、弊社にはもともとスナック菓子を一緒に販売できる自販機もあり、その台数も一番多いんです。それなら汎用性があり、さまざまなものが販売できます。
希少疾患薬事業に参入
佐藤 今後、この新しい自販機とともに、力を入れていくのはどこになりますか。
高松 主軸はあくまで国内の自販機を中心とした飲料事業ですが、それに加えて一つは海外にいろいろな可能性を模索していくこと、もう一つは今後の新たな成長領域としてヘルスケアの領域で事業を拡大していくことですね。
佐藤 海外は、ロシアとトルコでしたね。
高松 10年代から海外進出をしてきましたが、どこをターゲットにするか考えた時、さまざまな会社がひしめき合っている先進国ではなく、それに次ぐ準先進国か、それに向かって急成長を遂げている国にしたんですね。具体的にはまず東南アジア。それから、アルコールを飲まないイスラム圏がターゲットにならないかと考えました。そこならソフトドリンクの伸びしろがありますし、弊社が注力している健康志向の要素を加えれば、より参入しやすい。最初はロシアでしたが、次にマレーシア、そしてトルコに進出しました。マレーシアは昨年撤退したものの、トルコは非常に順調です。
佐藤 トルコは潜在的に大きな可能性があります。NATO(北大西洋条約機構)の同盟国ですが、ロシアに制裁をかけていません。だからトルコ製品はロシアでも中央アジアでも売れる。
高松 トルコでは、現地の食品会社の飲料部門を買収しました。ロシアの事業も、いまはトルコの事業会社の傘下に入れています。トルコを中心に周辺国へ事業拡大していければいいですね。
佐藤 トルコは、イスラム圏でデファクトスタンダード(事実上の標準)を作り出す力があります。中東では他にイランがありますが、両者はともにかつて帝国でした。ただイランは特殊な国になってしまったので、そこからマーケットを拡大するのは難しい。でもトルコからは、東は中国の新疆ウイグル地区、西はモロッコまで延ばせる。その間は、基本的にトルコの食文化圏です。
高松 それはいいですね。
佐藤 トルコでハラル(イムラム教で許可された食材)認証を取っておくといいですよ。飲料でも、製造過程に禁忌である豚由来のものがないかは非常に重要になります。またイスラエルでコシェル(ユダヤ教で許可された食品・飲料)認証を取れば、ニューヨークで売れる。アメリカのユダヤ人はイスラエルより断然多いですし、ヘルスケアにも関心が高い。
高松 二つ目のヘルスケアにも関係してきますね。これからは飲料でもどんどん健康志向の商品を出していくつもりですし、グループの大同薬品工業は、大衆薬メーカー各社のドリンク剤製造を請け負っています。今後はさらにパウチ型製品の製造にも幅を広げていきます。
佐藤 サプリメントもあるそうですね。
高松 通信販売で、膝関節に効く「ロコモプロ」というサプリをお届けしています。売り上げは年々伸びていて、いま約5万人のお客様がいらっしゃいます。
佐藤 サプリは可能性があります。日本は薬の承認が非常に遅いので、後に医薬品になるようなものがサプリという形で売り出されることがあります。それといま、富裕層を対象としたサプリメント外来が増えていますね。一人ひとりにオーダーメイドでサプリの組み合わせを作る。だいたい1回20万円以上とっています。
高松 かなりの高額ですね。
佐藤 自由診療だからですが、御社は医療分野にも進出されていますね。
高松 少し飛び地ではありますが、本格的に医療用医薬品の事業にも参入し、希少疾患用医薬品の事業をスタートしました。
佐藤 どうしてその分野なのですか。
高松 癌やプライマリー領域とされる生活習慣病については、メガファーマ(巨大製薬企業)が押さえています。でも希少疾患治療薬にはまだ手がつけられていないものが数多くあり、困っている患者さんがいます。厚労省には開発を進めてほしい薬のリストがあります。そうした中から、例えば海外で発売されている薬を国内に導入したり、ベンチャーと提携すれば、リスクは少ない。今年に入り、ようやく二つ、ライセンス契約できたので、一刻も早く患者様にお届けできるよう努めていきます。
佐藤 やはり薬から出発した会社のDNAが息づいている。
高松 人々の健康に役立ちたいという思いを、きちんと受け継いでいきたい。希少疾患治療薬は社会的課題の解決にもつながります。ヘルスケアという企業グループのイメージ、ブランドを作り上げるためにも、これにしっかりと取り組んでいきたいと思っています。
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