独裁と「経営不在」の歪んだ聖域 大学法人にメスは入るか
大学の地盤沈下に日本政府がようやく重い腰を上げ始めた。
政府は日本の大学の国際競争力を強化することを目的に、2021年度中に10兆円規模の「大学ファンド(基金)」を立ち上げることを決め、現在、有識者会議で資金の運用方法や分配する大学の条件などを検討している。仮に3%の運用利回りを上げれば、年間3000億円規模の運用益が確保でき、それを原資に各大学に分配して研究支援を行う構想だ。2021年度中の運用開始を目指し、2023年度から利益分配を始める予定だ。
日本の大学の世界における地位低下が指摘されて久しい。英国の教育情報誌「タイムズ・ハイヤー・エデュケーション」のランキングでは、日本トップの東京大学は世界で36位、次いで京都大学が54位で、上位100校に入ったのはこの2大学だけだった。最近では、優秀な高校生は日本の大学には進まず、いきなりハーバード大学など欧米の一流大学を目指す人が増えている。日本の大学を卒業しても国際的には通用しないという焦りが広がり、霞が関の幹部官僚などが自身の子女を、東大ではなく欧米の大学に進学させるケースも増えてきた。また、日本の大学の研究開発力が、欧米大学や中国の大学に比べて大きく劣後している点も指摘されている。
私立大理事長が“独裁化”する理由
政府は大学ファンドの創設と共に、国立大学改革や私立大学の改革に乗り出している。日本の大学の研究基盤が弱く、国際競争力が低い背景には、何と言っても資金力が桁外れに小さいことが挙げられる。国家が丸抱えで大学のレベルアップを図っている中国は別として、欧米の大学は「経営力」を高めることで、寄付や共同研究などの資金を集め、それを教育・研究に再投資することで、競争力を高めてきた。
一方、日本の国立大学は政府の限られた予算の中で、ジリ貧傾向が続いてきた。また、私立大学も資金醸成力が低く、政府の助成金に頼ってきた。長年にわたる「経営不在」が問い直されているわけだ。また、少子化が一段と進むことで、私立大学の経営環境は厳しさを増しつつあり、経営改革が喫緊の課題になっている。
そんな中で焦点になっているのが「大学のガバナンス体制」の見直しである。政府は大学ファンドの成果を配分する大学を選定するに当たって、ガバナンスが機能する経営体制の構築を求めていく。国民の財産の運用益から分配を受けるわけだから、経営に透明性が求められるのは当然のことだろう。文部科学省は国立大学改革の柱として、強靭なガバナンスによる経営体制の強化を掲げている。
それと並んで今後大きな焦点になるのが、私立大学のガバナンス体制の見直しだ。私立大学は他の公益法人と同様に理事会が置かれ、理事会が経営執行を行うこととされている。ところが多くの伝統的な大手の私立大学では、教学トップの学長が経営トップの理事長を兼務しているケースが多く、「経営不在」が問題になっている。そうした経営不在をついて権力を握った理事長が独裁的な行動を取り、不祥事が発生する例も少なくない。一方、戦後創立の比較的歴史の浅い大学では、創業者やその親族が理事長として大きな権限を振るっているような事態もままある。つまり、現行では経営を担う理事会などのガバナンス体制が著しく不備なのだ。
公益財団法人の「例外」扱いが生んできた弊害
政府は2019年6月に閣議決定した「経済財政運営と改革の基本方針2019」(いわゆる「骨太の方針」)で、「公益法人としての学校法人制度についても、社会福祉法人制度改革や公益社団・財団法人制度の改革を十分踏まえ、同等のガバナンス機能が発揮できる制度改正のため、速やかに検討を行う」とした。つまり、大学のガバナンス機能が他の公益財団法人などに比べて弱いと指摘されたわけだ。
文科省はこれを受けて「学校法人のガバナンスに関する有識者会議」を設置。2021年3月に「方向性」を取りまとめた。さらに政府は2021年6月に閣議決定した骨太の方針2021で、「手厚い税制優遇を受ける公益法人としての学校法人に相応しいガバナンスの抜本改革につき、年内に結論を得、法制化を行う」とした。2022年3月末までに条文化作業を行い、2022年春の通常国会に私立学校法などの改正案を出すことを明確に示したのだ。
最大の改正点は、理事を選ぶ権限が他の公益法人同様、評議員会にあると明確化すること。理事の選解任に加え、予算や決算、財産の処分といった法人としての重要な決定について、評議員会の議決を明記するなど評議員会の権限をはっきりさせる。現状では、評議員会は理事会の諮問機関としての役割で、評議員の任免も理事会が行っている。さらに、一般の公益法人では禁じられている評議員と理事の兼任や、使用人(大学の場合、職員や教員)の評議員就任も認めている。
つまり、評議員も理事も、選任は事実上、理事長が行っているケースが少なくないため、これが理事長の暴走を止められない最大の要因になっているとみられている。また、監事についても理事会が任命するため、チェック機能が弱いとされる。こうしたルールを他の公益法人並みにする、と骨太の方針は宣言しているわけだ。
もちろん、理事長や理事が十分な経営成果を上げられなかった場合、責任を問い評議員会が理事を解任することも可能になるわけだ。
反対論は根強いが……
だが、理事長の力が削がれることになる私立大学経営者の一部からは、根強い反対論が聞かれる。「大学は他の公益法人とは違う」「他の公益法人と同じガバナンス体制にすれば弊害もある」といった声も上がる。一方、自民党で学校法人改革を進めてきた塩崎恭久・衆議院議員は「税制優遇など“隠れた補助金”の恩恵を受けている学校法人のガバナンスを他の公益法人より緩める理由は見当たらない。公的役割が大きいのだから、透明化や説明責任を負うのは当然だろう」と語る。
理事長が、自らに従順な人物だけで理事会の過半数を固め、事業の推進などを強引に進めて学長と対立しているケースや、学校法人が発注する工事に絡んで業者からリベートを受け取ったのではないかという疑惑などが報じられている。大学のガバナンス欠如を指摘する声は少なくない。
文科省は7月19日に「学校法人ガバナンス改革会議」(座長、増田宏一・元日本公認会計士協会会長)を設置、骨太の方針で求められた法案化に向けて動き出した。会議のメンバーにはガバナンス問題の専門家が集められ、現職の学校法人理事長など当事者や利害関係者は外された。公益法人としてのあり方を優先してガバナンス体制を構築する事を狙っているのだろう。通常は、「大学設置・学校法人審議会」などが大臣に答申する形が取られるが、同審議会はまさに当事者の集まりで、ここでガバナンスの議論をすれば、手足を縛られる本人たちに縄をなわせることになる。今回の改革会議は「他の審議会等を経ずに直接大臣に報告する」とされており、大学のガバナンスが一気に進む可能性が出てきた。
学校法人関係者は規模に応じて会計監査の義務付けなどの一部猶予も求めているが、助成金や税制優遇を受けている法人の決算書に監査が義務付けられない事に、国民の理解は得られないだろう。今後も月に2回のペースで改革会議が開かれる予定で、どんな議論が行われるのか、大いに注目したい。