ヘーシンクの柔道を思い出した… 金メダル「大野将平」を成長させた8年前の事件

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 この男の強さは別格だ。2階級くらい上げても平気で金メダルを取ると思える破壊力である。しかも、「ヒットマン」の如く上目遣いで相手を睨む目つきの怖いこと怖いこと。対戦する外国人柔道家たちもビビっていたのではないか。

 3回戦まですべて一本勝ちで勝ち上がり、準々決勝はリオデジャネイロ五輪(2016年)の決勝で当たったアゼルバイジャンのオルジョフ。あっさり「技あり」二つで仕留める。

 準決勝はモンゴル選手に延長戦(GS)で優勢勝ち。そして決勝の相手は今大会、男女とも優れた選手を多く揃えてきたジョージアの代表、シャフダトゥアシビリ。腕力も体幹も実に強く一進一退のまま延長に入る。大野は大外刈りを放つが相手は体を回して腹から落ちポイントにさせない。大野は内股か大外刈り、あるいは大内刈り、小内刈りなどの連携技に持っていくかと筆者がテレビを見守っていたら、予想しなかった「支釣込足」が炸裂し、シャフダトゥアシビリは畳に転がった。9分26秒の熱戦だった。

男子柔道4人目の五輪連覇

 リオデジャネイロ五輪(2016年)の優勝時と同様、ガッツポーズもしない。深々と一礼をするとしばらく天井を見上げてから畳を降りた大野。「29歳となりベテランと呼ばれる所まで来た。柔道の聖地、武道館で試合ができることも少なくなっている。この景色を目に焼き付けておこうと」と語った。

 柔道男子のオリンピック連覇は内柴正人(アテネ、北京)以来で、斉藤仁(ロサンゼルス、ソウル)、野村忠宏(アトランタ、シドニー、アテネで3連覇)を合わせて4人目だ。(女子では谷亮子、谷本歩実、上野雅恵が2連覇している)。大野は3年後のパリオリンピックも狙うだろう。

 山口県出身。中学から東京へ移り、「平成の三四郎」古賀稔彦(バルセロナ五輪71キロ級金、今年3月に逝去)を輩出した名門、世田谷学園高校へ。古賀や吉田秀彦(同五輪78キロ級金)も学んだ柔道私塾「講道学舎」にも通う。世界選手権3度優勝。2019年8月の東京での世界選手権、すべて一本勝ちで優勝した時は、取材していてもあまりの強さに言葉もなかったが、筆者が取材した大野の公式試合で一番の名勝負と思ったのは18年のグランドスラム大阪での海老沼匡(ロンドン、リオ両五輪66キロ級銅メダル)との戦いだ。

 実力伯仲の緊迫の一戦は最後に大野がねじり倒すように「隅落」で海老沼を下した。海老沼は講道館杯で高校生の新鋭、阿部一二三に敗れた頃から減量がきつくなり階級を上げていた。多くの名勝負を残して今年、さわやかに引退した。

 大野はこうしたライバルを下し、東京五輪代表を決めていた。しかし五輪は一年延期に。五輪開催の是非に多くのアスリートが口を紡ぐ中、「東京五輪がいつ開催になろうと、私たちは決められた試合日に向け最高のパフォーマンスができるように覚悟を持って準備をするだけです」とコメントした。とはいえ一年以上、実戦から遠ざかっていた不安は残った。

「勝って当然」とみられる中、「全選手が自分の首を狙ってくる」と恐怖を感じていたという。

 そんな大野将平の活躍に「本当におめでとうと言いたい、指導してきたことをすべて出してくれた。こんな嬉しいことはない」と語るのは大野と同じ天理大学柔道部OBで元監督、70年代、80年代に「必殺の背負い投げ」で世界選手権を4連覇した藤猪省太氏(71)である。

「グルジア(ジョージア)は旧ソ連でもロシア型のサンボではなくなじみの薄い柔道のせいか、かなり大野も緊張している顔をしていた。今回、グルジアの選手には海外の選手もやられているし、相手は『負けて元々』で来るので怖い。しかし指導を二つとられても大野は慌てなかった。相手のいろいろな攻撃もしっかり受けて堪え、日本伝統の柔道を見せてくれた。立ち居振る舞いも立派でした」と感嘆する。

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