W金の阿部兄妹 一二三が成長した裏に「強力ライバル」 詩の武器は「猿の足」

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 いつも仲の良い二人。剛毅朴訥な男子66キロ級の兄一二三(23・パーク24)と、女子52キロ級の天真爛漫な妹詩(21・日本体育大学)。しかし、「東京オリンピックは二人で金メダル」の夢を叶えた瞬間の二人の様子は対照的だった。

 7月25日の日本武道館。一足先に決勝でフランスの強敵ブシャールを「押さえ込み一本」で破った詩は主審の「一本、それまで」の宣告の瞬間、受け身のように畳を叩き、起き上がると今度は前かがみに伏せて畳をドンドンと叩き、何度もガッツポーズした。上げたその顔は涙でクシャクシャだった。

 だが畳を降りると冷静になり「まだお兄ちゃんの試合があるから」としながらも「初めてこんな感覚が舞い降りてきた。4年間、この大会だけを目指して日々努力した。やっと報われた」などと話していた。詩は自身が畳に上がる前、出会った兄に「頑張れ」と言われ、目で頷いていた。

ライバルが挙げてくれた詩の腕

 この強豪ブシャールには、二年前の11月、大阪のグランドスラム大会で「肩車」に屈して敗れ、号泣した。筆者も取材していたが、慰めに来た兄もたじたじになるほどの激しい泣き方だった。海外選手に初めて敗れたのだ。今大会、準決勝で詩は延長戦(GS)を戦ったが、ブシャールはすべて、あっという間に相手を仕留める絶好調で疲れもなかった。

 ブシャールは詩得意の「袖釣り込み腰」や「背負い投げ」などの担ぎ技を警戒してくる。一方、詩は、ブシャールが奥襟をつかむと見せかけて低く入る肩車などを警戒する。

 詩は寝技を磨いてきた。中学、高校生時代からのライバルだった角田夏実(28)や志々目愛(27))はともに「寝業師」で、苦杯をなめていた時期があった。高校時代も長崎県の高校に寝技練習の出稽古に行くなどして寝技を練習していた。兄とアベック優勝した2018年の世界選手権ではブシャールを十字固めで破っている。今回も寝技の成果がいかんなく発揮された。

 基本的に詩の方がスタミナは上回っていた。試合も全体的には阿部詩が押しており、腹ばいになることが多かったブシャールは延長戦に入ってからは息が切れていた。深呼吸をしたいのだろう。前傾姿勢が続けられず棒立ちになることもあった。息もあがっていなかった詩は一瞬の勝機を見逃さず、「崩れ袈裟固め」の変形という珍しい押さえ技で仕留めた。

 主審の手が詩に上がり、敗れたブシャールは詩と抱き合った後、「あなたがチャンピオンよ」とばかり詩の腕を高々と上げた。素晴らしい光景だった。

 神戸の柔道教室「樽谷塾」の新名悦子指導員は、詩の母校夙川学院高校(現夙川高校)の講堂で生徒たちと見守った。「最初は寝技なんかも私の方が詩ちゃんより強かった。あっという間に勝てなくなりました。すごい天性でした。決勝で決めたあの変形の崩れ袈裟も練習していたもの。右は首の背中側から襟をつかみ、画面では見えにくかったですが左腕ではブシャールの腹の方の柔道着をしっかり締めていたと思います。ブシャールは両腕も自由なのに動けない。偶然であんな押さえ方はできません」と感心する。詩が同高校時代、新名さんの娘・寧々さんが柔道部で同級生だった。「詩ちゃんは高1のインターハイでは変な判定で負けて泣いていましたが、明るい性格でムードメーカーの頑張り屋さんでした。娘も最高の仲間に巡り合えました」。

 夙川学院高校で監督として詩を指導してきた松本純一郎さん(元同高校教頭)は「妹の方が兄貴(一二三)より柔道の天才ですわ」と話していたことがある。練習を見ていてもそれは感じた。打ち込みにしてもどれもが持ち技のように滑らかだった。普通は、得意技ではない技の打ち込みはぎこちなくなるものだ。その練習の後、「私、足の指が猿みたいに長いんですよ。だから足で畳をしっかりつかめるんです」と無邪気に足を見せてくれたことがある。確かに両足の五本の指が長くて驚いた。

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