1軍出場なし「楽天オコエ」復活なるか…学ぶべき“2人の先輩”の姿勢

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後輩の鈴木誠也と自主トレ

 パ・リーグで首位を争う楽天だが、高い期待を受けながら、燻り続けている選手と言えば、真っ先にオコエ瑠偉の名前が挙がる。2015年の夏の甲子園では、攻守にわたる大活躍を見せ、その年のドラフト1位で楽天に入団。1年目にはいきなり開幕一軍を勝ち取り、22安打をマーク。翌年は39安打、3本塁打を放ち、打席数は少ないとはいえ、打率3割を記録するなど、順調なプロ生活をスタートしたかに見えた。だが、その後は故障もあって低迷し、昨年はプロ入り後初となる一軍出場なしに終わると、今年も左手首の手術を受けて、大きく出遅れて二軍暮らしが続いている。プレー以外の言動や行動が話題になることも多く、そういった点でもファンからの風当たりが強い。

 しかしながら、「終わった」と思われた選手が、突如ブレイクしたという例は過去に存在している。記憶に新しいのが、昨年の堂林翔太(広島)になるだろう。プロ入り3年目の12年に全試合に出場して14本塁打を放って華々しくデビューしたが、その後は、まずい守備と打撃の確実性のなさから低迷する。スタメンでの出場は年々減少し、19年にはわずか7安打という成績に終わった。

 それが一転、昨年は6年ぶりに開幕スタメンを掴み、一時は打率4割を超えるなど打線を牽引。12年に並ぶ14本塁打を放つなど、見事な復活を果たした。今年は再び不振に陥っているが、この鮮やかな復活劇が堂林の選手生命を延ばしたことは間違いないだろう。

 復活の大きな要因と言われているのが、後輩である鈴木誠也と自主トレを行い、アドバイスを求めたことだ。先に“スター候補”となった立場を考えれば、後輩に教えを乞うことは、かなりの勇気が必要だったはずだ。そこまでやっても復活したいという気持ちが、打撃開花に繋がった。

監督になった野村克也のもとで

 一方、オコエが所属する楽天で、鮮やかに復活した選手といえば、山崎武司だ。中日時代の1996年にホームラン王のタイトルを獲得して中軸として活躍。そ2003年にトレードで移籍したオリックスでは、伊原春樹監督との衝突もあり、成績不振に陥った。

 山崎は一時引退を決意するものの、新球団の楽天で初代監督となった田尾安志からの熱烈なオファーを受けて現役を続行。その後、監督となった野村克也のもとで見事な復活を果たし、07年には本塁打、打点の二冠王に輝いた。

 以前、山崎本人に話を聞いた時には、「若い時に野村監督の下でプレーしていたら、聞く耳を持たずにきっと上手くいっていなかった。一度引退も考えた後だったからこそ監督のアドバイスを素直に受け入れることができた」と語っていた。

 堂林と山崎に共通している点は、やはり一流の結果を残した選手や監督のアドバイスを素直に聞き入れられたということだ。オコエは、一部で野球に対するモチベーションがかなり低下しているという報道もあったが、まずは周囲の声に耳を傾けることが復活への第一歩ではないだろうか。

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