【東京五輪】水球男子日本代表が熱い…大本洋嗣監督が語る「世界が驚く異例の戦術」
いよいよ始まった東京五輪。大半の試合は無観客で行われる、前代未聞の大会を如何に楽しむべきか。スポーツライターの小林信也氏が競技の見どころや試合結果を踏まえ、随時レポートする。
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東京五輪で最も楽しみな競技は何か? 訊かれるたび、私は迷わず「水球男子」と答えている。メダルを獲れるのか? いや、メダルを越えた挑戦がそこにある。メダルは、獲れるかもしれない。獲れたらすごい快挙だ。しかし、メダルが獲れなくても、すでに「水球男子日本代表」は、世界に衝撃を与えている。世界の水球を変える存在になっているのだ。
日本の水球男子チームはずっと低迷していた。何しろ、1984ロサンゼルス五輪に出て以後ずっとオリンピック出場ができなかった。前回のリオ五輪で32年ぶりの出場を果たしたが、グループリーグ5戦全敗に終わった。弱い、日本国民から期待もされていない、それが水球男子日本代表だった。
ところが、「ポセイドン・ジャパン」と呼ばれる水球男子日本代表はいま、世界の水球界から熱い眼差しを送られ、「戦いたくない相手」と認識されるレベルにのし上がった。
強豪国が「日本と戦いたくない」と思うのは、「もしかしたら負けるかもしれない」からであり、「やりにくいチーム」でもあるからだ。
実績から先に記せば、2018FINA(国際水泳連盟)ワールドリーグ・スーパーファイナルで日本は準決勝に進出、水球を国技と呼ぶ強豪ハンガリーに9対11で惜敗したが、見事4位に入った。準決勝進出を決めた試合は、やはり強豪の一角アメリカが相手だった。以前ならまったく歯が立たなかった難敵を11対10で下し、世界の水球界に日本の強さを印象づけた。その後の国際大会でもしばしば強豪を破り、水球男子日本代表は伏兵的存在に成りあがっているのだ。
日本が躍進した秘密は何か? これがまた痛快だ。大本洋嗣監督が言う。
「これまで日本は世界の高さに阻まれ続けてきました。私が最初に日本代表を務めたとき、高さで負けたくないと思って、背の高い選手を中心に選んだのですが、それでも平均身長は184、5cm。世界は190cm台、2m以上の選手もたくさんいますから、それでも小さいのです。結局、高さでは勝てない。それ以外の方法を見つけないと勝負できないとわかりました」
2001年、大本は33歳の若さで監督に抜擢された。2006年まで務めたが、際立った成績は残せなかった。2012年、ロンドン五輪の予選に敗れた後、再び監督を要請され、今度は大胆な戦法を採用し、水球男子日本代表を劇的に飛躍させたのだ。
その大胆な戦法とは?
「水球はどのチームもゴール前を固めて、相手のシュートを防ぐ守りをします。攻撃側は、その壁を何とかして破り、シュートを決めるのですが、この攻防だと、どうしても高さとパワーが必要なんです」
ゴール前の力勝負を続ける限り日本は勝てない、そう気づいた大本は、闘い方を根本的に変えたのだ。
「相手が攻めてきたら、もう守らない。先に攻撃の態勢に入って、うまくキーパーがシュートを防いでくれたらすぐ速攻でゴールを奪う、これが日本の生きる道だと」
それで採用したのが、《パスライン・ディフェンス》という新しい戦法だ。
守らないというのはやや大げさな表現だが、通常は自陣ゴールを背にして相手選手の攻撃を防ごうとする。その方式をやめ、日本選手は相手より前に出て守る。守備側の日本選手の方が、相手ゴールに近いポジションにいる形だ。そうすれば、ボールを奪った時、相手ゴール前がフリーの状態で、速攻に入りやすいからだ。
相手より前に出て、相手のパスのラインをカットする守りをする。それでパスライン・ディフェンスと呼ばれる。
「これができるのは、抜群に上手いゴールキーパーがいるからなんです。1対1に強いキーパーがいなければできない作戦です」
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