簡単すぎるダイエットは危険 簡単に“答え”が分かる時代の難しさ(古市憲寿)

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 水溜りボンドのトミーさんが24キロの減量に成功した。面白いことを言っていて、現代のダイエットは、摂取カロリーを減らすのが簡単すぎて「危険」なのだという(「Quick Japan」156号)。

 昔と違い、今はサラダチキンや糖質ゼロ麺など、お腹を満たしながら減量できる食品が溢れている。確かに一時的に体重は減る。しかし運動をせずに、ただカロリーの低いものを食べていると、身体にも悪いし、リバウンドもしやすい。

 簡単すぎて危険。これはダイエットに限らず、広く現代社会に当てはまる原理ではないか。

 たとえば外国語のニュースを読む時は、自動翻訳を使えばまず内容の理解には困らない。しかし流暢な日本語に翻訳されすぎていて、思わぬ誤訳に気が付かないことも多い。

 調べ物も、簡単すぎて危険の代表例だ。この20年ほどで、「調べる」は「検索する」と同義になった。しかし検索にもテクニックがいる。

 話はやや脇道に逸れるが、1999年放送の「世にも奇妙な物語」で「モザイク」という作品があった。江角マキコさん演じるテレビプロデューサーがこんなことを言う。「モザイクは答えを教えないクイズなの」。人権配慮のためのモザイクに、なぜか視聴者が熱狂してしまう理由を考察した台詞だ。

 確かにある時代までのモザイクには特別な意味があった。アダルト市場を見込んだモザイク除去機が発売されていたくらいだ。

 しかし今やモザイクの「答え」は簡単に見つかってしまう。テレビや週刊誌は一般人が起こした軽微な事件や、未成年の容疑者の顔にはモザイクや黒目線をかける。さすがに後からモザイクを消すのは難しいが、修正前を探せばいいのだ。

 迷惑系YouTuberたちは容疑者の家に突撃する。未成年が起こした事件でも、検索すればそれらしき人物の顔が出てきてしまう。

 もちろん、それが本当の「答え」とは限らない。当たり前だが、ネット上には最低限の裏取りもされていないデマも多い。そういえば誤情報を信じてブログに書き込み、裁判沙汰になった芸能人もいた。

 この一見すると何もかもが簡単になった時代に、突如として困難が出現した。移動や接触である。たとえばコロナの影響で、海外旅行はやたら面倒なものになった。パスポートで世界中に行けた頃と違い、ワクチン接種やPCR検査陰性などを求める国は多い。

 その分、移動や接触が実現した場合の喜びはひとしおなのだろうか。実はそうでもない気がする。感染リスクや風評被害に怯えながらの行動には、どうしてもストレスが付きまとう。

 やはり一番は「簡単な上に安全」だろう。トミーさんもYouTuber同士のパーティーに参加したことで犯罪者のように批判された。「感染リスクがあるから駄目だ」というように、予防的に誰かの行動を取り締まる社会は息苦しい。簡単で安全に移動や接触のできる時代が早く来ますように。もちろんダイエットも、もっと簡単で安全になっていい。

古市憲寿(ふるいち・のりとし)
1985(昭和60)年東京都生まれ。社会学者。慶應義塾大学SFC研究所上席所員。日本学術振興会「育志賞」受賞。若者の生態を的確に描出した『絶望の国の幸福な若者たち』で注目され、メディアでも活躍。他の著書に『誰の味方でもありません』『平成くん、さようなら』『絶対に挫折しない日本史』など。

週刊新潮 2021年7月22日号掲載

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