「奥様は東京藝大生」 妻との日常は驚愕エピソード満載 “天才たち”の知られざる生態
累計40万部を突破したノンフィクション『最後の秘境 東京藝大―天才たちのカオスな日常―』(二宮敦人・著)は、社会現象にもなった前人未到、抱腹絶倒の探検記。その出発点はアパートの一室だった。二宮氏が小説を執筆するそばで、木屑を飛び散らせながらノミに木槌を振り下ろし、巨大な木の塊から陸亀を掘り出す妻。草木も眠る深夜、無人の書斎で全身に半紙を張り付けて自身の「型」をとる妻。芸術とは縁が薄いと自認していた二宮氏は、学生結婚した妻(東京藝大生)のふしぎな生態に激しく興味を掻き立てられ、秘境探検を決意する。『最後の秘境 東京藝大』から起点となった「はじめに」を全文公開する。
僕の妻は藝大生である。
一方の僕は作家で、よくホラー小説やエンタメ小説を書いている。
今、僕が原稿を書いている横で、妻はノミに木槌(きづち)を振り下ろしている。ドッカンドッカン大きな音が家賃六万円のアパートに響きわたり、無数の木屑(きくず)が飛び散る。書斎は木の破片だらけ。原稿の真上にも飛んでくる。工事現場みたいな室内になっているけれど、森に似たいい匂(にお)いがする。
妻が作っているのは木彫りの陸亀(りくがめ)。フローリングの床に大きな足をどっしりとおろし、首を軽く傾けてこちらを見ている。
サイズは、枕(まくら)をもう二回り大きくしたくらい。一本の巨大な木の塊から彫り出したものだ。もちろん、とてつもなく重い。うちは四階でエレベーターなしだから、部屋に運びこむのを手伝わされた時は腰が砕けるかと思った。
妻がやや距離を置いて亀を眺め、うんうんと頷(うなず)いている。
「完成?」
僕は問いかける。その亀は以前見た時と比べてはるかに細部が整っていた。妻は僕に背中を向けて首を傾(かし)げた。うなじは黒く日焼けしていて、腕は太くたくましい。
「うーん。フェルト……」
「フェルト?」
「甲羅にフェルト貼(は)ろうかなって思う」
「甲羅にフェルト?」
何のために?
「そんで、座れるようにする。うん。それだ……」
座ってどうする? 意味あるのか?
僕はしばらく考え込んだ。それは芸術家として、藝大の彫刻科に籍を置く者として、何らかの表現だとかアンチテーゼだとかメタファーだったりするのだろうか──。
だけど妻は能天気な顔で続けるのだ。
「亀に座れたら楽しいからねえ」
案外こんなものらしい。
皆さんは東京藝術大学、通称「藝大」をご存じだろうか。
僕は芸術とは縁が薄いほうで、たまに美術館やコンサートに足を運んでみることはあっても「なんかすごい」か「よくわからない」程度の感想しか言えない人間である。
なぜ、そんな僕が藝大について調べ始めたのか。それは現役藝大生である妻がきっかけだった。とにかく妻が、面白いのだ。
体に半紙を貼り始める妻
あれは冬も深まりつつある頃、深夜であった。僕がふと目を覚ますと、横に妻がいない。かわりに隣の書斎に明かりがついていて、嵐のような轟音(ごうおん)がする。おそるおそる様子を窺(うかが)い、僕は見た。
顔面に紙を貼り、ドライヤーを当てて乾かしている妻の姿を。
初めはパックかと思ったが、違うのである。妻の傍らには書道用の半紙があり、脇(わき)にはでんぷん糊(のり)の壺(つぼ)、そして水をたたえたボウル。
妻は水で溶いた糊を使って、半紙を顔に貼りつけていたのだ。
それも一枚ではなく何枚も重ねているので、妻の頭部はさながらミイラのよう。目の部分にだけ小さな穴が空いていて、「まずいところを見られた」という感じで妻がまばたきしていた。
怪奇事件である。
そのまま扉を閉めて見なかったことにしようかとも思ったが、勇気を出して僕は聞いた。
「何……してるの?」
妻もぼうっと僕を見て、答える。
「課題……よ」
彫刻科の課題で、妻は自分の等身大全身像を作ることにしたのだそうだ。だが、粘土で一から作り上げるのは大変である。できるなら手を抜きたい。そこで妻は考えた。
自分の型を何とかして取れないだろうか……。
しかし、石膏(せっこう)で顔面の型なんか取ったら窒息して死んでしまう。妻は閃(ひらめ)いた。紙を使おう。暖房を全開にし、下着姿になり、体に半紙を貼りつけてギプスのように糊で固める。乾いてから取り外せば、全身の型が完成というわけだ。首尾よく作業を進め、顔面に取り掛かったところで、僕に見つかったらしい。
「できた」
妻は顔面からぺりぺりと紙型をはがし、ひょいと脇に置いた。それはまるでデスマスクだ。あたりには腕、足、腰などの、すでに型どりを終えたパーツたちも無造作に転がっている。バラバラ殺人の事件現場のようで、僕の書斎は不穏な空気に包まれてしまった。
何というか、ショックを受けた。
僕は、これまでもこれからも自分の型を取ることはないと思うのである。いや、大抵の人がそうだと思う。だが妻は自分の型を取る。どうやって取るか真剣に考え、顔に半紙を貼る。
そこに、全く別世界に生きる人の気配を感じたのだ。
ガスマスクを売る生協
それからちょくちょく妻に藝大の話を聞くようになった。さほど突っ込んだ話をしているわけではないが、妻の回答はいつも“斜め上”だ。
「今、学校では何作ってるの?」
「ノミ」
「え? ……ノミって、虫の?」
「道具のノミ」
木や石を削るために使う、あのノミである。少なくとも彫刻を作っていると思っていたのだが……。まずは彫刻を作るための道具を作るそうだ。元となる既製品の先端を叩(たた)き、形を整え、焼きを入れるなどして、自分用のノミを作り上げる。道具はどこかで購入してきて終わり、ではないらしい。
「今日は随分早く行くんだね」
妻は玄関で靴ひもを結んでいる。
「うん。入試が近いからみんなで教室の掃除をするんだ」
入学試験が行われる教室には、制作中の彫刻や、完成したまま放置されている作品が無数に転がっているので、それらを外に出さなくてはならないという。
「それって、物凄(ものすご)い力仕事じゃない?」
「そうね。でも、みんなでやると早いよ」
聞けば、みな何十キロもある作品をバンバン外に運び出していくらしい。「こんなの持てなーい」などと口にする女子は皆無。なんと逞(たくま)しいことか。
「大変だろうね。大きい作品もあるだろうし……」
「そういえば、先輩の作品にでっかい馬があったんだけどね、それは外に出そうとしても出せなかった。大きすぎて入口でつっかえちゃって」
「……え? それ、どうしたの」
「真っ二つに切断して出したよ」
豪快すぎる。それにしても、作る前に気づかないのだろうか。
「何か準備してるみたいだけど、旅行にでも行くの?」
妻はリュックサックにせっせと物を詰めている。
「明日からコビケンなんだ」
「コビケンって?」
「古美術研究旅行。二週間、奈良の宿舎に泊まって、京都や奈良の仏像を見学するの」
「なるほど、お勉強か。大変そうだね……」
「藝大生だと特別に、普通は入れないお寺の結界の内に入れたり、一般公開されていない仏像も見られるんだって」
「え……」
「それに教授やお寺の人の解説つきだから、旅行が終わる頃には仏像を見るだけでどの時代のどの様式かとか、パッとわかるようになってるらしいよ」
「なにそれ僕も行きたい」
研究旅行一つとっても、一味違うのである。
こんなこともあった。
ある日、僕は台所で缶詰めを見つけた。
「あれ、ツナ缶買ったの?」
パッと見はツナ缶に思えたのだが、よく見ると覚えのないパッケージである。蓋(ふた)は開いていて、白い繊維質のものがぎっしりと詰まっていた。指で押してみると固い。一体なんだ、これは?
本を読んでいた妻がこちらを見て言った。
「あ、それガスマスクよ」
「ガスマスク?」
「そ」
ガスマスクを思い浮かべてほしい。口の先に丸いものがついているのがわかるだろうか。このツナ缶はあの丸い部分だそうだ。フィルターという毒を濾過(ろか)するためのパーツで、一定期間で交換する。つまり僕が今、手にしているのはそのフィルターであり、中にはたっぷり濾(こ)し取られた毒が詰まっているわけだ。
これはまずい。
思わず手を離すと、ツナ缶状のフィルターは音を立てて落ち、かすかな埃(ほこり)が舞った。
「まだほとんど使ってないから大丈夫だよー」
妻は笑ってそれを拾い、「変な感触だよね」とフィルターを指でぷにぷに押す。やめろ。毒で死ぬぞ。そもそも台所に置かないでくれ。
「樹脂加工の授業で使うんだよ」
妻はのほほんと言ってのける。彫刻科では木や金属、粘土の他に樹脂を扱う授業がある。樹脂加工の際には有毒ガスが発生するので、学生はみなガスマスクを購入するそうだ。
「こういうの、どこで買うの? やっぱりそういう専門店があるの?」
妻は首を傾げた。
「ううん。生協」
藝大の生協にはガスマスクが売っているのだ!
聞けば他にも指揮棒などが売られているという。指揮棒が消耗品かどうかすら、気にしたことがなかった。
何もかもが僕にとっては新鮮で、いちいち驚いてしまう。しかし妻はといえば、きょとんとしている。「それって、そんなに珍しいことなの?」と言わんばかり。この人の通う大学は、思った以上に謎(なぞ)と秘密に溢(あふ)れているようだ。
こうして僕は、秘境・藝大について調べ始めたのである。