不倫略奪婚した男の苦悩 あの日感じた妻に対する疑念、前夫と今も繋がっているのでは

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和哉さんの新たな恋

 いつか妻を再び前夫にとられるかもしれない。そんな不安を抱えながらも、和哉さんは略奪した妻を大事にしていた。それが前夫への責任でもあると感じていたからだ。

 ただ、彼自身が本当に妻をひとりの女性として、人間として「かけがえのない存在」と認識しているのかどうかが読み取れない。そこに少し悶々としたものを私が感じていると、和哉さんは“今、ある女性への思いで心がいっぱいになっている”と話し始めた。

 その女性はSNSコミュニティで知り合ったサユリさんだ。年齢は30歳。幼い双子の子どもたちを女手ひとつで育てている。西日本のある街で暮らすサユリさんを、和哉さんは一度だけ訪ねたことがある。

「知り合ったのはほんの1年ほど前です。日々、メッセージのやりとりをする中で、徐々に彼女の経歴や人となりを知るようになった。会ったのは今年になってから。たまたま彼女の住む地域に近いところに出張予定があったので、一度会いませんかと声をかけてみたんです。こんなオヤジの誘いを受けてくれると思わなかったんですが、彼女は1時間くらいならと応じてくれた。シフト制の仕事をしていて、いつも忙しくて大変なのに時間を作ってくれて……」

 彼女の仕事場の近くの落ち着いたカフェで、ゆっくりとコーヒーを飲みながら話をした。彼女に勧められて、めったに食べないケーキも食べた。ケーキってこんなにおいしいものだったのかと思ったそうだ。

「たった1時間でしたが、今まで感じたことのない安らぎとリラックス感を覚えました。私は彼女の父親のような年齢ですから、なんだか申し訳なくて。でも彼女は『お若いですよ。父親のようだなんて言わないでください』と。双子をひとりで育てるなんて大変だろうと思うんですが、彼女は明るかった。『4歳だから今は大変だけど、いっぺんに大きくなるから大丈夫です』って。素敵な女性でした」

 彼女は割り勘でと言い張ったが、「僕が誘ったのだから」と和哉さんが払った。ケーキとコーヒーをごちそうしただけなのに、彼女は何度もお礼を言った。「次は私が払いますから、もしいらっしゃることがあったら連絡くださいね」と彼女は笑ったという。

「もう少ししたらまた出張があるんです。男としての下心、もちろんあります。いや、彼女に迫ったりはしませんよ。でも彼女の笑顔が頭から離れない」

 一般的に言うと、略奪までして結婚した妻を裏切ることになるのだが……。

「妻とはここ10年ほど、男女の関係はありません。もしかしたら今でも前夫と……と思ったりもしています。でもそれはどうでもいい。妻は僕にとって大事な人です。だけど久しぶりに僕の心を揺さぶってくれたサユリさんに、思いがどんどん濃くなっている。どうにもならないとは思っています。それでもときどき胸が痛くなる。本気で人を好きになると胸が張り裂けそうに痛むものなんですね」

 妻のことを語ったときとはまったく違う、豊かな表情で和哉さんは言葉を繰り出していく。人生で2度目の恋。最初の恋は日常生活の中で色褪せていったが、新たな恋は今が最高にヴィヴィッドなのだろう。

「本当はサユリさんに軽やかに接したいし、そう心がけてはいるんです。メッセージのやりとりも実際に会っての会話も、軽く爽やかに楽しく、と。でも本音はそうもいかなくて」

 今後、どうなるかわからない関係は独身ならいざ知らず、和哉さんにとっては不安と苦悩しかもたらさない。わかっていながら重くなる自分の恋する感情を、彼は必死でコントロールしようとしていた。

「ストレス発散に一曲、どうですか」

 空気を変えるためにそう言うと、彼が真顔になった。

 彼が選んだ曲は、25年前に大ヒットした「みちのくひとり旅」だ。彼が妻のレイコさんと会ったころにも、この歌は巷で流れていたのではないだろうか。

「おまえがオレには最後の女~」

 彼の声が裏返った。今の気持ちを表すこの歌詞を歌いたかったのだろう。立ち上がって少し離れたところで歌っている彼をふと見上げた。涙がぼろぼろとあふれ出て、頬を覆う真っ白なマスクに吸い込まれていくのが見えた。

亀山早苗(かめやま・さなえ)
フリーライター。男女関係、特に不倫について20年以上取材を続け、『不倫の恋で苦しむ男たち』『夫の不倫で苦しむ妻たち』『人はなぜ不倫をするのか』『復讐手帖─愛が狂気に変わるとき─』など著書多数。

デイリー新潮取材班編集

2021年7月21日掲載

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