「熱海土石流」盛り土業者「小田原城史跡」の土地を1億3000万円で市に転売でボロ儲けの手口

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土地取得に乗り出したA氏

 競売にかけられた土地は、この騒ぎが起きた土地のすぐ隣なのだ。地元不動産業者が言う。

「このような土地は手を出すと非常に厄介なことになります。土地を取得したら文化財保護法に基づき、まず市に届け出をしないといけません。届け出をして市が試掘調査を行うと判断された場合、調査が終わるまで開発はストップしてしまう。すぐ隣が史跡認定されているのだから、高確率で遺構が出てくるでしょうし、貴重な遺構が出てしまえば、開発は断念せざるを得ない」

 だが、逆に”しのぎになる”とこの土地に着目し、取得に乗り出した業者こそが、熱海の盛り土問題で取りざたされているX社のA氏なのである。

 では、A氏が競売で落札した11年9月21日から、この土地を巡る動きを辿っていこう。市の文化財課に残されていた記録によると、A氏は落札した当日、その足で同課を訪れ、「この土地を落札して所有者となった」と報告してきたという。2週間後の10月4日には、この土地を宅地造成したいと、文化財保護法第93条に基づいた届け出を提出した。

 ここから市は「尋常ではないスピード」(前出・不動産業者)で動き出す。2週間後の10月17日に試掘を開始。さらに、10月26日から28日までに2回目、12月19日から26日までに3回目と調査を進めた。市の担当者はこう話す。

「貴重な遺構が眠っている可能性が高いということで、すぐさま試掘に入りました。その結果、障子堀などの遺構が見つかったため、これは大変な発見だということで、Aさんに対し、すぐさま土地の開発を止めてくれませんかという交渉に入ったのです。同時に、文化庁にもここを新たに史跡として追加指定したいという問い合わせをはじめました」

不可解な所有権移転

 だが、実はこの時点で、A氏はこの土地を競売で落札はしていたものの、正式にはまだ所有者にはなっていなかった。登記簿謄本によれば、彼が正式にこの土地の所有者となったのは、市が2度目の試掘を終えた後の11月21日のこと。A氏は裁判所に入札代金を納付していなかったため、所有権は移転されていなかったのである。つまり、市は前所有者名義の土地に幾度も入り、勝手に試掘をしていたということになる。

 さらに、謄本には驚愕の事実が記載されていた。彼は正式に所有者となった同日に別の業者Y社にこの土地を転売しているのだ。いったいどういうことなのか。この不可解な取引のカラクリを、事情通が明かす。

「A氏ははなから宅地造成する気などなかった。市に転売して儲ける腹づもりだったのですが、土地を購入する資金を持ち合わせていなかったのです。だから、競売に参加する際に必要な供託金だけ納めて先に落札し、後からスポンサーを探した。それがY社の代表のB氏だった」

 A氏は人の紹介で初めて会ったB氏に、このように持ちかけたという。

「自分は国会にも顔が利く地元の大物だ。同和団体の幹部も務めており、市には強く物を言える。市の尻を叩き、間違いなく市に適正価格で買い取らせる。このヤマに投資しないか」(同)

 すでに市が試掘に動いて遺構を掘り出し、文化庁にかけあっている最中だったという情報も、B氏の心を動かしたに違いない。

「そこでB氏は、このヤマにかけることにした。落札代金を納付する日、A氏と2人で裁判所を訪れ、まずA氏に持参した供託金を差し引いた落札代金を手渡した。A氏はそれをそのまま納付し、まずA氏が代表を務めるX社が正式に所有者となった。そしてその場で、X社からB氏が代表を務めるY社へと所有権を移したのです。その際、B氏はA氏に、約束していたカネを払った。つまり、A氏は自分が取得した購入価格よりも高くB氏に売りつけたのです」(同)

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