だから、浅野真澄は“初めての彼”の死を書いた―― 連載中止を乗り越え出版
なぜ本を書いたのか
これまで浅野さんはエッセイ、絵本と数多くの本を出しているが、今回の本はそれらとは違った。cakesとのやり取りで心が折れそうになったが、どうしても形にし、多くの人に読んでほしかった。
「彼が亡くなったとき、助けを求めるようにいろんな鬱の本を読んだんですけれど、どうやって鬱から抜け出すかという話はあっても、鬱で大切な人を失ってしまったとき、どういうふうにしたらいいか書いてあるものがありませんでした。もしかしたら私の経験を誰かが共鳴してくれるかもしれない。自分がつらくなったからこそ、同じような人たちのためになにかできればいいなと思いました」
書籍化を「君」の遺族に伝えると「書かれていることが私たちの認識と仮に違うところがあっても、浅野さんの目に見えたものをそのまま書いてください。何も書くことをやめないでください」と原稿の確認は必要ないと言われた。本に書かれているのは息子でも弟ではない、家族の知らない「君」の姿だ。本を通し自身や友人たちがいかに彼を大事に思っていたか伝えられるのが嬉しかった。
本の1章が書き上がるたびに、夫である畑さんに原稿を見せた。
「あるとき、夫がぽつりと『僕がもし死んだら、こんなふうに思い出して書いてくれる?』と聞いてきたので、『ちょっと2人目は無理だね』って返したら『えーっ』って顔をされました(笑)。でも2回は大変ですよね。『だから元気でいてね』って伝えました」
生きているだけでいい。生きているだけで価値があることも、この本で伝えたかった。
「彼のお姉さまが教えてくれたんですが、彼は『僕は自分の能力に自信はあるけれど、自分の存在に自信がない』と言ってたそうなんです。でも私も、ほかの友人もあなたの能力が好きだったわけじゃない。あなたの知らないところで、あなたに救われている人がいる。自信をもっていいんだよと言えたらよかったと何千回も思いました」
まだ彼と付き合っていた頃。水商売で疲弊して深夜に帰ると、自分のアパートの窓にオレンジ色の明かりが見えたことを思い出す。そこには彼が待っていた。それだけで救われた。
「私は彼が部屋で待ってくれているだけで助けられていました。本人が自覚していない、他人に与える幸せって絶対あるんです。だから、自分の人生に価値がないと思ったとき、自分の存在に自信がなくなったとき、誰かを救っている可能性を考えてほしい」
浅野さんは、何度も思い出したアパートの明かりのように、今はこの本を通して、少しでも多くの人の心に明かりを灯せればと思っている。
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