脱炭素社会に向けた石油会社の「二つの戦略」――木藤俊一(出光興産代表取締役社長)【佐藤優の頂上対決】

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製油所を作り替える

佐藤 それでは、石油事業自体についてはどうお考えですか。

木藤 SSを通じて地域住民の生活を豊かにする、これが弊社の考える今後の姿の一つです。そしてもう一つが石油製品の製造拠点をCNXセンターに衣替えすることです。

佐藤 CNXは何の略ですか。

木藤 私どもが作った造語で、カーボンニュートラル・トランスフォーメーション(Carbon Neutral Transformation)の頭文字をとったものです。長年、エネルギーを供給してきた製油所、石油化学プラントを、このCNXセンターにしていこうと考えています。

佐藤 カーボンニュートラルの時代に即したエネルギー供給基地に作り替えるということですか。

木藤 そうです。バイオマス発電や、二酸化炭素を排出しないアンモニア発電、水素発電などにも取り組みますし、廃プラリサイクルも行います。また石炭ボイラーにブラックペレット(木質燃料)やアンモニアを混焼させて二酸化炭素排出を抑えた発電も進めていきます。

佐藤 同時にさまざまな新しい技術に取り組んでいくのですね。

木藤 こうした事業をやりながら最終的には、内燃機関に適したe-fuel(合成液体燃料)と呼ばれる、二酸化炭素と水素で作る燃料の供給にも乗り出したいと考えています。この開発には、製油所や石油化学プラントのような大きな設備と、これまでエネルギーを生産・供給してきた知見が生きてきます。

佐藤 もうある程度、実用化に目処がついている技術なのですか。

木藤 まだかなりの技術革新が必要で、すぐにはできないですね。そこに至る過程で、水素の製造・貯蔵を研究したり、CCS(二酸化炭素の回収・貯留)やCCU(分離・貯留した二酸化炭素の利用)の技術開発をしていくことになります。

佐藤 ただ、時間があまりないのではありませんか。

木藤 ええ、今後、燃料には規制がかかってきます。例えば、いまの国際的な動きを見ていると、船舶やジェット機の燃料は、かなり早く規制が進んでいます。だからSAF(Sustainable Aviation Fuel=持続可能な供給源から製造されるジェット燃料)という新しい燃料が必要になってくる。いま植物由来のバイオ燃料を他社と共同で研究しています。これも大量供給を見据えれば、やがてはe-fuelが必要となるでしょう。

佐藤 脱炭素といっても、私たちの暮らしは、いまの太陽光発電や風力発電などの再生可能エネルギーだけではとうてい維持できません。

木藤 この地球上で現在の生活を支えるには、膨大なエネルギーが必要です。石炭や石油に厳しい目が向けられ、一方では原子力も進めにくくなり、さらにLNG(液化天然ガス)もダメになれば、生活を支えるものがなくなってしまいます。だから、かつて木炭が石炭になり、石油になって原子力に替わったようなダイナミックなエネルギー転換はすぐには起きない。そもそもオールマイティ(全能)なエネルギーはありません。今後は用途に応じて最適なエネルギーを選択していく形になるのだと思います。

佐藤 その中でCO2の排出を抑えていく。

木藤 はい。内燃機関のエネルギーとして重要になるのは、やはり液体エネルギーです。ですからe-fuelに向けて、さまざまな技術革新を行っていきます。

2050年に石油は8割減

佐藤 SSと同じで、このCNXセンターにも、さまざまなシナリオや選択肢が用意されていますね。私は、17~18世紀の哲学者ライプニッツのモナドロジー(単子論)を思い出しました。宇宙はモナドから構成されていて、それらは大きくなったり小さくなったりしますが、全体として調和が取れている。大小さまざまに変わっていく事業を抱えるSSもCNXセンターも、モナドロジーの哲学に貫かれているように見えます。そしてそれはリスク管理にもつながっている。

木藤 深く読みとってくださり、ありがとうございます。

佐藤 こうした多くのシナリオを用意されているのは、今後の化石燃料の需要減について、非常に厳しい見方をされているからですね。国内では2030年に3割減、2040年に6割減になると資料にありました。

木藤 2050年までのエネルギー事業について、複数のシナリオ分析をしていますが、2050年には8割減になるというシナリオの実現可能性が高まっています。この段階に至っては、さまざまなエネルギーをしっかり伸ばしておかないと、対応できません。その基盤としてのCNXセンターなのです。

佐藤 この大変革にしても、昭和シェル石油との統合にしても、たいへんな時期に社長になられましたね。

木藤 昭和シェル石油と出光興産は、外資と民族系で、水と油のように思われる方もいらっしゃるかもしれません。ですが昭和シェルは日本で最も古い石油会社の一つを前身としています。出光も今年創業110年。両社とも歴史ある日本の会社ですし、同族会社のイメージが強かった出光も、株式上場を旗印に掲げ、ずいぶん前から改革に取り組んできました。新卒採用しかしないような日本の古い体質の会社というイメージがありますが、前々から中途採用を行い、外の企業とのアライアンスも進めてきています。

佐藤 すでに多様な人材を集めてこられた。

木藤 そうでなければ生き残れないと考えてやってきました。昭和シェルとの経営統合は、その総仕上げだと考えています。

佐藤 統合に当たって両社の社風の違いは問題になりませんでしたか。

木藤 出光には「人間尊重」「大家族主義」「消費者本位」など、脈々と受け継いできた独自の理念や文化がありました。

佐藤 出光佐三は、従業員を大切にし、戦後の混乱期にも人員整理をしなかったことで知られています。

木藤 ただ私としては、その出光の文化を押し付けたくはなかった。ですから経営統合にあたり、これら出光で受け継いできた言葉を封印しました。両社が融合する中で、新しい理念が出てくればそれでいいと考えた。それで2年間は企業としての理念を曖昧なままにしてきました。

佐藤 それだと社員は、どこか落ち着かないでしょう。

木藤 昨年の後半くらいからでしょうか、石油会社が厳しい環境に置かれる中で、やはりバックボーンになる理念を成文化しようという声が上がってきました。私は、執行役員、部室長など、さまざまな階層で企業理念を検討するよう指示しました。そしてこの5月に最終的に帰着したのが、出光佐三の「人間尊重」を経営の原点とし、彼の言葉にもある「真に働く」を企業理念にするということでした。

佐藤 やはり創業者の存在は大きい。

木藤 取りまとめたのは、昭和シェル出身の女性社員ですが、私としては正直なところ、原点回帰しすぎだと思いました。それで何度か議論もした。実は、理念に続く「ステートメント」にはこんな一節があります。「国・地域社会、そこに暮らす人々を想い、考えぬき、働きぬいているか。日々自らを顧みて更なる成長を目指す」。ここには両社に共通する真髄が含まれているんです!と熱く語るこの社員の姿を目の当たりにして、企業理念とすることを決めました。

佐藤 「働きぬく」というのがいい。

木藤 出光では、人の育成は事業を成功させるための手段ではありません。仕事を通じて人が育つことが事業の目的だと考えている。「働きぬく」にはそうした意味が込められています。この先の50年、100年がどんな時代になるか、まったくわかりません。弊社の事業であるエネルギーは大きく変わるでしょう。その時代を、事業を通じて育ち、鍛えられた人間が切り拓いていくはずです。ですから、この原点をしっかり守った経営をしていきたいと思っております。

木藤俊一(きとうしゅんいち) 出光興産代表取締役社長
1956年神奈川県生まれ。慶應義塾大学法学部卒。1980年出光興産入社。高松支店を振り出しに17年間販売部門で勤務。97年製油所人事課長、99年販売部企画課長、2005年人事部次長。11年執行役員経理部長となり14年常務取締役、17年副社長を経て18年に社長就任。翌年、昭和シェル石油との経営統合を実現させた。

週刊新潮 2021年7月8日号掲載

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