脱炭素社会に向けた石油会社の「二つの戦略」――木藤俊一(出光興産代表取締役社長)【佐藤優の頂上対決】

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 今年2月、ガソリンを使わない「超小型電気自動車」事業への参入を発表した出光興産。CO2排出ゼロに向けた取り組みが進む中、石油会社はどこへ向かおうとしているのか。石油に代わる燃料の開発を進めながら、同時に全国のガソリンスタンド網を維持しようとする業界第2位老舗企業の挑戦。

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佐藤 昨年の臨時国会で、菅義偉総理が2050年までに温室効果ガスの排出を実質ゼロにし、脱炭素社会を実現させると宣言しました。これを受けて、SDGs(持続可能な開発目標)やCO2削減、カーボンニュートラル(炭素中立)といった言葉を聞かない日はありません。その中で石油会社がどのように未来を見据えておられるのか、それをお伺いしたくて本日は参りました。

木藤 地球環境、気候変動問題などへの意識の高まりもあり、いまカーボンニュートラルに向けた社会構造の転換が加速しているのは、間違いのないことです。石油など化石燃料を主力事業とする弊社にとって、これにいかに対応していくかは、非常に大きな課題です。そこでまず最初に、私どもは石油というエネルギーだけを未来永劫、主力商品として扱っていくつもりはない、と申し上げておきます。

佐藤 それは思い切った発言ですね。

木藤 私どもは「出光興産」であって「出光石油」ではない。弊社は110年前、出光佐三(さぞう)という創業者が、社名に「石油」の文字は入れずに出発しました(当初は出光商会)。たまたまその時は石油という商材を通して、国家、社会に貢献していこうとしたのです。

佐藤 出光佐三の歩みは、百田尚樹氏のベストセラー『海賊とよばれた男』で広く知られるようになりました。

木藤 石油需要は戦後のモータリゼーションの中で右肩上がりに伸びていき、同時に弊社も成長してまいりました。ただ「出光石油」にしなかった意味を考えると、いまは石油を扱っているけれども、必要とされる商材は社会の環境変化とともに変わっていくということです。その精神に立ち返って、いま私どもは何をすべきかを考えてきました。

佐藤 それは会社のかたちを作り変えるような大変革になりますね。

木藤 はい。単に石油事業でCO2排出を減らすといった目先の話ではなく、会社としてエネルギー転換をどのような事業につなげていくかを考えなくてはなりません。

佐藤 一方で、エネルギーの安定供給でも生活用品の素材としても、まだまだ石油は必要です。

木藤 そうですね。私どもの石油事業は社会活動を営む上で、なくてはならないものです。これをすぐさま新しいエネルギーに全て置き換えることは考えられない。ですから既存の事業を生かしながら、将来に向けたトランスフォーメーションを進めていくという両輪が必要で、その方策についてさまざまな議論を重ねています。

佐藤 その一つが今年2月に発表された超小型EV(電気自動車)ですね。石油会社がガソリンを使わない電気自動車を作るという発想が、とてもおもしろい。

木藤 全長2・5メートル、全幅1・3メートル、高さ1・8メートルで、軽自動車よりは小さく原動機付自転車より大きい4人乗り超小型電気自動車を開発しています。令和4年度までに発売する予定です。

佐藤 かなり小さいですね。

木藤 主にご近所へ買い物に行ったり、ちょっとした集まりに出たりする際に使っていただくことを想定しています。

佐藤 一回の充電で、どれくらいの距離を走れるのですか。

木藤 8時間充電して120キロ前後は走ります。用途を考えるとそれで十分なんですね。いまは水素を燃料としたFCV(燃料電池自動車)もありますが、私どものEVのサイズだと、燃料電池を搭載するのは無理があります。

佐藤 このアイデアはどこから出てきたのですか。

木藤 私どもはタジマモーターコーポレーションという会社と組んで「出光タジマEV」という会社を設立しました。今後、認可をいただければ日本で12番目の乗用車メーカーになりますが、そのタジマモーターの会長・田嶋伸博さんは元レーサーです。彼はレーシングカーをEVにするなど、EV事業に進出しようと考えていました。ただ充電の場所や整備工場、販売ネットワークなどそのインフラを一から立ち上げていくのは、非常に大変です。ちょうど同じ頃、私どもはカーボンニュートラルの流れの中で、SS(サービスステーション)と呼ぶガソリンスタンドをどうするか考えていた。その時、EVのインフラにSSを使えるのではないかと意気投合しました。それが3年ほど前のことになります。

佐藤 私はそのニュースを見た時、これは電動車椅子の延長線上にある発想ではないかと思いました。電動車椅子は、ただ移動するだけでなく、買い物に便利で、荷物を載せることができる。だから電動車椅子を大きくしていくと超小型EVになる。

木藤 なるほど、そうですね。狙いは同じで、主な利用者には高齢者を考えています。近年、踏み違え事故などが数多く起きる中で、高齢者が免許を自主返納する流れができています。でも一度返納してしまうと、やっぱり生活の足が失われて、困ることが多い。特に地方はそうです。

佐藤 公共交通機関もどんどん少なくなっています。市町村がミニバスを走らせるにしても、朝と夕方に数本という感じです。

木藤 だから高齢者にも使っていただきやすいものを考えました。その前提で不必要な装置はいっさい付けません。いまは軽自動車もカーナビをはじめ、さまざまな電装品が取り付けられていますが、高齢者の方々に聞くと、ほとんど使わないと言うのです。ですから安全装備には万全を尽くす一方、できるだけシンプルに使いやすくして、値段も下げようと考えています。

佐藤 どのくらいの価格になるのですか。

木藤 150万円以下に抑えたいと考えています。

佐藤 それを全国のSSで販売する。

木藤 リース・サブスクリプションやシェアリングといった利用方法を考えており、充電、メンテナンスといったサービスも組み合わせていくつもりです。

スマートよろずや

佐藤 資料を読むと、このEV事業以外にも、SSを通じてさまざまな事業を考えておられますね。

木藤 かつて全国にガソリンスタンドは6万カ所ありましたが、いまは3万を切っています。その中で、弊社は2年前に昭和シェル石油と経営統合し、6300カ所あります。ようやく今年4月からシステムを統合し、ブランド名を「apollostation」に統一しました。でも名前やマークを統一して利便性が高まった、カード使用の範囲が広がったというだけでは、これからの時代に必要とされるSSとは言えません。apollostationとして新しいコンセプトが必要でした。

佐藤 それが「スマートよろずや」としてのSSですね。

木藤 はい。私は昔、長らく営業の仕事をしていました。その後、人事や財務部門に移りましたが、4年前に副社長になった際、久々に営業第一線の人たちとコミュニケーションの場を設けたんです。そこでわかったのは、いま生き残っているSSは、規模が大きいとか売上高が多いからではなく、地域の「よろずや」をやっているところだということでした。規模が小さくても、ガソリンだけでなく灯油や軽油や重油も扱い、車検や車の整備を行う整備工場も経営している。さらには車の販売やカーリースを行うなど、さまざまな事業を展開しているところが残っている。

佐藤 地方のガソリンスタンドはたいてい多角経営をやっていますね。そこはある種、地域経済のハブになっていて、経営者は地域の経済エリートです。

木藤 その地域で根を張り、フェイス・ツー・フェイスで極めて強固なネットワークを築いていますね。

佐藤 政治力もあります。

木藤 地域の行政やコミュニティとも密接につながっている。SSを経営する特約販売店は地域に必要とされる店舗作りをやっている人たちです。だから地方に行けば行くほどSSの重要度は高まる。

佐藤 その特約販売店で、すでに介護事業も行っているのには驚きました。

木藤 地域に必要な事業という点から考えると、必ず高齢化問題に突き当たります。それで私どもはデイサービスなどの介護事業に本腰を入れることにしました。全国で介護事業を行うリハコンテンツ社に出資し、また163店舗を持つQLCプロデュース社も買収して、SSを起点に介護事業を展開しようとしています。

佐藤 これにはどんなきっかけがあったのですか。

木藤 北海道の稚内にあるSSの経営者が、近くにデイサービス施設を作って一緒に運営していたんですね。そこはリハコンテンツ社のフランチャイズ店でした。そこで同社に接触したのが始まりです。

佐藤 SSの中に介護施設を作っていくのですか。

木藤 消防法の規制があり、SSはあくまで給油をする場所です。できる事業は、それに付帯するサービスに限られている。給油をしてデイサービスを受けるのはいいのですが、デイサービスだけを目的に来るのはダメなのです。だからいまは近接地に施設を作ることになります。ただ総務省もどんどん規制緩和に動いていますので、やがてはいまとは違った見解が出てくるのではないかと思います。

佐藤 他にもSSをドローンの基地にするという構想もありますね。

木藤 ドローンの物流拠点にしたいとも考えていて、研究しているところです。宅配のラストワンマイルの基地をSSに置けば、非常に効率的です。また農業地帯では、ドローンでの農薬散布の基地にする構想もあります。

佐藤 EV事業も含め、こうした構想はSS経営者の起業家精神を大いに刺激すると思います。

木藤 カーボンニュートラルが叫ばれる中、SSを経営する特約販売店の方々も、給油所の未来に不安を持っている。そこにこうした事業のアイデアを提案し、そのどれかが今後の事業展開の起爆剤になればと思っています。

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