【おかえりモネ】従来の朝ドラとは何が違うのか いよいよ見えてきた壮大なテーマ

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 清原果耶(19)がヒロインを務めるNHK連続テレビ小説「おかえりモネ」(月~土曜午前8時)のテーマが鮮明になってきた。自然も含めた生きとし生けるものの共生である。テーマが大きく、安達奈緒子さんの脚本が見る側に想像力を求めていることから、良い意味で「時報代わり」には向かない朝ドラだ。

「おかえりモネ」に物足りなさを感じる人もいるかも知れない。安達奈緒子さんの脚本には対立劇がないし、見る側を無理に泣かせたり、笑わせたりもしない。男と女がすぐに「好き」「嫌い」と口にすることもない。

 また多くを説明せず、見る側に想像力と考えることを求めているから、ながら視聴には向かない。もっとも、それが安達さんの脚本の真骨頂である。代わりに圧倒されるようなリアリティがある。

 7月5日から9日の第8週も無理に泣かせようとはしていなかったが、涙を抑えられない人が少なくないのではないか。漁師・及川新次(浅野忠信、47)の苦悩が描かれた。

 新次はモネこと永浦百音(清原)の幼なじみである亮(永瀬廉、22)の父。銀行員であるモネの父・耕治(内野聖陽、52)の親友で、かつては腕利きの漁師だった。けれど、2011年3月11日の東日本大震災に何もかも奪われた。

 買ったばかりの漁船は津波に流され、1億2800万円の借金だけが残った。家も消えた。だが、そんなこととは比べものにならないほど大きかったのが、長年連れ添ってきた恋女房・美波(坂井真紀、51)を失ったことだった。

 震災から5年が過ぎたが、新次は酒浸りである。どうしようもない状態だ。とはいえ、苦楽を共にしてきた配偶者やパートナーが突然いなくなったら、平静でいられる人はいない。酒に逃げたくなるのも分かる。責められない。あとは、いつ立ち直れるか。一生、酒浸りの人もいる。

 だが、新次は立ち直ろうとしていた。モネの母・亜哉子(鈴木京香、53)の助力もあり、病院に通って断酒補助薬を飲んでいた。ところが、スリップ(再び酒を飲んでしまうこと)してしまう。その理由の描き方が安達さんらしかった。

 モネの祖父で先輩漁師の龍己(藤竜也、79)は新次に向かって、「酒でも飲まねーとやってられねーことがあったのか」と詰問する。嫌なことがあったから飲んだと思ったのである。型通りの脚本なら、龍己の想像通りだろう。

 だが、答えは意外なものだった。

「うれしいことがあったんです」(新次)

 高校を出て漁師になった息子の亮が、メカジキを50本も上げたのだ。新次はうつむきながら続けた。

「もしかしたら、俺に似て筋がいいんじゃねーかって思って……。それをしゃべる相手が、話す相手が、いないんだ」

 新次は一緒に喜べる人がいないことに気づき、悲しみがよみがえってしまい、飲んだ。リアルで繊細な脚本だった。

 新次は普段は宮城県気仙沼市内にある仮設住宅で暮らしているが、気がつくと地元である同市内の亀島に戻っており、かつて自宅のあった場所にいた。

「ほんとだったら一杯飲みながら、一緒に親バカだなって言い合える、美波が、いないから……」(新次)

 新次はそう話すうち、涙が止まらなくなった。何を言っているのかよく分からないところもあった。だが、そんなことはどうでも良かった。沈痛な胸の内は十二分に伝わってきた。朝ドラ初出演の浅野が迫真の演技を見せた。

 新次の立場になったら誰だって途方もなく辛い。それは震災絡みの話に限定されたものではない。相手の死の理由が病気や事故などでも同じだ。また「もし、妻(夫)がいなくなったら」と想像する気持ちは誰にでもある。だから、新次の慟哭は東北以外の視聴者の胸をも突いただろう。

 そもそも、この朝ドラは東北の視聴者だけに向けて制作されたわけではない。

「今を生きるすべての人に捧げたい」(制作統括・須碕岳氏、2020年5月の制作発表での言葉)

 では、テーマは何なのか? 放送開始から2カ月弱が過ぎ、それが見えてきた。自然も含めた生きとし生けるものの共生である。従来の朝ドラとは違い、壮大なテーマだ。

 第1週からご覧になった人は龍己の言葉をご記憶だろう。

「山の葉っぱが海の栄養になんのさ。山と海はつながっている。まるっきり関係ねぇように見えるもんが、何かの役に立っていることは、世の中にたくさんあんだ」

 自然は一体化している。自然と人も共生している。切り離せない。静岡県熱海市で起きた大規模土石流の原因が山間部での無理な盛り土にあると報じられた時、龍己の言葉を思い出した人は少なくないのではないか。

 新次は津波によって海には酷い目に遭わされているが、「海に恨みはねーがら」とモネに言った。亮も同じ言葉を口にした。

 2人とも漁師。何があろうが海とは共生していることを自覚している。漁師でなくてもそうだ。海、森、空と無縁で生きられる人はいない。このテーマを描くにはモネが気象予報士にならなくてはいけなかった。

 もちろん、人と人との共生も描かれている。耕治も亜哉子も新次を立ち直らせようとしている。躍起になっている。亜哉子は亀島に嫁いできた時、島に馴染ませてくれた美波への恩返しの気持ちもあるだろう。

 龍己も新次を見守っている。震災から半年後、耕治は新次に再び船を持たせようと奔走するが、ローンの審査に落ちると、耕治に向かって「ヘタに手を出すのやめろ」と意見する。せめて新次と亮を自分たちの家に住まわせようと耕治が提案すると、声を荒らげた。

「おまえは漁師ってものが分かってねーな! 意地で生きてんだよ、漁師は。そこまで潰すな」(龍己)

 すべてを失った新次にもプライドは残っている。過度に手を差し伸べると、それを傷つけてしまう。だから龍己は耕治を諫めた。新次への思いやりにほかならなかった。

 モネと亮ら幼なじみ5人組も精神的に支え合っている。本人たちは無自覚らしいが、きょうだいのようだ。大人になったら、この関係の貴重性に気付くに違いない。

 モネは菅波光太朗(坂口健太郎、29)にも助けられている。勤めている登米市の森林組合の診療所に東京から通っている青年医師である。菅波は気象予報士試験合格を目指すモネの教師役を務めてくれている。

 若い男女が連日のように2人きりになる。なので、組合参事の川久保(でんでん、71)と同じく課長の佐々木(浜野謙太、39)は興味津々。2人の動きから目を離さない。

 だが、現時点では2人の間に恋愛感情はないように見える。モネは年長者である菅波の善意を素直に受け取っている。片や菅波もモネに救われたことを自覚しているはずだ。

 菅波は嫌だった登米通いが苦痛ではなくなっている。ピュアなモネと接することにより、心がほぐれたからだ。周囲に対する態度から刺々しさも消えた。

 皆が支え合っている。気づいてみると、この朝ドラには今のところ悪人が1人として登場していない。安達さんのこれまでの作品にも悪人はそう多くは出てこなかったものの、この朝ドラは顕著だ。

 それによって好みが分かれるかも知れないが、共生が求められているコロナ禍下には合っているように思う。

 演出も凝っている。新次が辛い胸の内を吐露している間、彼の携帯電話が映された。この場面だけ見たら、何のことだか意味が分からないが、その留守電に美波の生前の声が残っているからだった。新次の心の支えになっていた。

 携帯が映されたのはほんの数秒。やはり、この朝ドラは時報代わりには向かない。大事な場面を見逃しかねない。

 また、美波の最期については視聴者側に何も説明されていない。遺体が見つかったのかどうかも。それどころか、誰一人として美波が死んだとは明言していない。分かっているのは新次が美波を失ったことだけ。見る側に想像力を求めている。

 美波の留守電の録音時刻は3月11日午後3時1分。震災から15分後である。

「美波です。亮は学校にいるから大丈夫。私も今、位牌を持って家出るところ。お父さんも船、沖に出せば。無理しないでね」

 気仙沼市を津波が襲ったのは留守電から29分後の午後3時30分ごろ。この録音を吹き込んでから間もなく、美波は新次と亮を残して逝ってしまったのか。

 その直前まで普段通りに暮らしていた人が、いとも簡単に奪われてしまう悲しさ、怖しさをこの留守電が表している。ここでも見る側は考えることを求められている。

高堀冬彦(たかほり・ふゆひこ)
放送コラムニスト、ジャーナリスト。1990年、スポーツニッポン新聞社入社。芸能面などを取材・執筆(放送担当)。2010年退社。週刊誌契約記者を経て、2016年、毎日新聞出版社入社。「サンデー毎日」記者、編集次長を歴任し、2019年4月に退社し独立。

デイリー新潮取材班編集

2021年7月11日掲載

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