都議選「自民敗北」で思い起こされる「2009年政権交代」 深層レポート 日本の政治(222)

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誤算だった小池氏の動き

「自公で過半数との約束を実現できなかったことは謙虚に受け止めたい。自民都連と党本部が連携しながら、冷静に期間を置いて分析したい」

 菅義偉首相は選挙戦から一夜明けた7月5日朝、首相官邸で記者団に、苦い表情を浮かべながら、こう語った。

 自民内では、6月25日の告示前まで「圧勝するのは間違いない」「議席倍増となる50議席は固い」との声が支配的だった。

 2017年の前回選挙では、自民が戦後最低の23議席となり、49議席(追加公認を含めて55議席)を獲得した都民ファーストの会の前に惨敗。これを教訓に、今回は前回選挙で都民ファ側についた公明党を自民支持に回帰させることに成功したほか、昨年の都知事選で自民が小池百合子氏の再選を事実上黙認するなど、知事サイドとの関係改善も進めていた。

 告示直前の6月中旬には、自民都連関係者が「小池氏が自公候補の支持を表明する」という噂まで流していたほどだ。

「今回の都議選で小池氏が黙っていれば、その後の都政運営にも協力する。小池氏側と、水面下でこうした話し合いを重ねたはずだった」と、自民都連幹部は振り返る。 

 しかし、公明党と「小池封じ」という2つの作戦は、あえなく失敗する。実際の選挙戦で、公明の支持母体である創価学会は確かに自民候補も支援したが、誤算は小池氏の動きだった。

 6月22日に突然体調不良で入院。自民との裏約束を守るように告示日こそ選挙戦の表舞台に立たなかったが、都民ファの候補の事務所には選挙戦を頑張るよう激励文を送った。

 小池氏の入院には、一部で「都議選で静かにするための政局的思惑」との指摘もあった。ただ、都民の多くは「コロナ対策の過労がたまりすぎていた」と同情したようだ。

 選挙戦中盤の7月初旬、報道各社の世論調査では、小池氏を都知事として支持する声がいずれも7割近くに達した。

 同時期に行われた複数の都議選の中盤情勢調査では、自民党の獲得予想議席が40議席台にとどまった。「全員当選」を必須課題と位置付ける公明党も2~3人が落選しかねないという分析も目立つようになった。

「菅首相のコロナ対策に穴が目立ったタイミングと小池氏の入退院が重なり、自民への批判票が都民ファに流れる図式ができた」

 自民の閣僚経験者はこう指摘する。

ワクチン供給と五輪への不安

 河野太郎ワクチン担当相は6月23日、現役世代へのワクチン接種を加速させるために進めていた職場や大学単位での接種について、想定以上に申し込みが殺到したことなどを理由に、新規の申し込みを一時休止する方針を発表。さらに、各自治体の接種に使う米ファイザー製ワクチンに関し、政府が7月に供給する量は6月分から3割減少することも判明した。

 全国の多くの自治体で接種受付の一時休止などに追い込まれたタイミングも、選挙戦に重なった。

 ワクチン供給への不安が高まったところに追い打ちをかけたのが、政府が東京五輪を安全安心に開催する根拠に掲げていた水際対策の「穴」が露呈したことだ。

 政府は、訪日する選手や関係者について、徹底した検査や外部からの接触を避ける隔離策「バブル方式」を講じることで、新たな感染を国内に持ち込まないと説明していた。

 しかし、6月19日に訪日したウガンダ選手団のうち、成田空港で1人の感染が確認された際、現場で濃厚接触者の特定ができないシステムとなっていたことが発覚。感染者以外の8人の選手・コーチらがホストタウンとなる大阪府泉佐野市まで一団となってバスで移動し、現地でさらに1人の感染が発覚した。バスには泉佐野市の職員らも同乗し、全員が濃厚接触者となってしまった。

 ワクチンの供給と五輪への不安が、菅首相に対する世論の批判を急速に高めたと言える。自民都連の選対関係者は「選挙戦の終盤になると、街頭演説などの手応えが明らかに悪くなっていった」と語る。

小池氏の前に屈した

 こうした流れを敏感に察知したのか、小池氏は選挙戦最終日となる7月3日、突然都民ファの事務所などを相次いで応援に訪れた。

 自民都連幹部は「小池氏から事前に何の連絡も受けていなかった。裏約束など、彼女にとっては何の意味もないのだろう」と憤ったが、政局の流れを敏感に感じ取った小池氏の前に屈したというのが実情だろう。

 蓋をあけてみれば、自民の獲得議席は戦後2番目に少ない33議席にとどまった。当初は「一ケタ台に落ち込む」などとうわされていた都民ファは31議席と、自民に2議席まで迫る追い上げをみせた。

 勝敗を分けるとされた1人区でも、都民ファは千代田区で、「都議会のドン」と称された自民の内田茂氏を義父に持つ新人候補に現職が競り勝つなど3勝し、2勝の自民を上回った。一方、自民は豊島区や中野区で、共闘したはずだった公明候補と最終議席の座を競い合い、いずれも敗れるという厳しい結果も招いた。

不安感が高まる菅首相の看板

 戦いから一夜明けた5日、自民内で急速に高まったのは、秋に迫る衆院選を菅首相の看板で戦うことへの不安感だ。

 これまでも、自身に近い議員による「政治とカネ」の不始末などで、4月に行われた衆参計3つの補欠選挙と再選挙で1つも勝ち星を挙げられなかった。今春以降は、千葉や静岡の知事選で、自民の公認候補が敗れてもいる。

 首相周辺は「8月中に国民の4割近くがワクチンを打ち終わるメドが立っており、医療体制がひっ迫するような事態は起こらないようになる。五輪・パラを成功に導けば逆風も収まる」と自信を見せる。

 ただし、現在は日本国内でも感染力の高いインド由来のデルタ株が若者層を中心に広がり始めており、五輪が閉幕する8月上旬ごろに感染第5波のピークを迎えるとの見方も強い。五輪本番でも、ウガンダ選手団のような不測の事態が起きるケースもある。

 自民幹部は「野党側は第5波の流れをとらえ、『五輪の強行で人流が増え、感染拡大を招いた』とレッテルを貼るだろう。たとえ科学的に間違った主張だったとしても、衆院選への与党の逆風となる可能性は高い」と警戒を募らせる。

 過去を振り返ると、都議選の結果は直後の国政選挙と連動するパターンが多かった。2009年の都議選では、自民が惨敗した直後に行われた衆院選で、麻生太郎内閣の退陣どころか自民の下野にまで結び付いている。

「コロナ疲れと相まって、政権に対する国民の不満は相当高まっている」(自民派閥領袖)と指摘する声も強く、政局が流動化する可能性もある。

Foresight 2021年7月5日掲載

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