上皇さま、ハゼ2種類を発見の“スゴさ” 現役研究者は「驚きと深い尊敬の念」
これまで10種もの新種を発見
2種類のハゼは、上皇陛下と共に研究に携わる生物学研究所職員が2001年から2008年にかけて、沖縄県の座間味島や西表島で採集した。
「ハゼは世界中の海や川に生息しています。とくに種数が多く見られるのは熱帯・亜熱帯海域で、日本でいえば、例えば今回の琉球列島でしょうか。水中の世界というのは、陸上と比べて人のアクセスが難しいため、そこにすむ生物には多くの未知が残されています。まだ人に見つかっていない種や、既知の種と混同され、違うことに気づかれていない種も、少なからずあるでしょう。ハゼに関しても、これからも新種発表の事例は続くことと思われます」(同)
皇太子時代の1960年代からハゼの分類学研究を始められた上皇陛下は、これまで10種ものハゼの新種を発見されている。“そんな簡単に新種が見つかるものなのか”と思った方もいるのではないだろうか?
「新種を発見するというのは、決して簡単なことではありません。その魚が新種であるということは、当然、これまでに世界各地から報告され、命名された3万5000種以上の魚の全てと違うということ。それを明快に証明しなければならないのです」(同)
これまで見たことのない魚だからといって、新種だと言えるのかというと、話はそう簡単ではない。
「人に個性があるように、魚にも個性があります。他と違う新しいもののように見えても、既に知られた種のちょっと変わった個体かもしれません。そもそも、それが世界のどこかでかつて発表された既知種と同じであることに、単に自分が気づいていないだけかもしれません。実際、参考とした他の研究者の情報をよくよく調べると、じつはその情報自体が正確性に欠けていた、ということもよくありますから。そうした可能性をすべて否定し、分類学の歴史上、学名が付けられたことがない種であることを、他の研究者も納得するように論文で証明しないといけないのです。新種を見つけるというのは、本当に大変な作業なのです」(同)
他の魚に比べてハゼは、“新種の発見”において有利な点はあるのだろうか。
「新種と特定し、発表する大変さは変わりません。ただハゼは、現在までに世界で2千数百種が知られるという、魚類全体でも指折りの種数を誇る一大グループです。その上、互いに酷似する種が多く、小型で繊細な体のつくりのものも少なくないため、違いを見出すのも大変です。『新種が見つかりやすい』というよりも、多くの方にとっては『なんだかよく判らない』あたりが実際のような気がします。これまで1種と認識していたものが、よく見たら複数種からなるものだった、ということもよくあります。ハゼは、まだまだ研究が必要なグループなのです」(同)
新種発見だけではない分類学
そもそも、上皇陛下が長年続けておられる分類学とは、どういった学問なのだろうか。
「分類学は、新種を見つけることを主な目的とした学問ではありません。分類学には、さまざまな段階の研究が含まれますが、今回の新種発表、すなわち新種記載は、あくまで地球上の生物多様性(種の多様性)の解明をすすめる過程における一行為であり、陛下がすすめる、より広い視野をもった分類研究の一環としてなされたものです」(同)
その上で、新種を発見し、名付けることの意味を渋川氏はこう解説する。
「いま地球上には、どういった生物がどのくらい生息しているのか。その解明に向けて、名前を付けて理解しやすいように整理することが、分類の最初の目的です。整理するには名前が必要で、名前があると、人はそこにあるもの(この場合は生物種)を他と区別して認識しやすくなります。逆に名前がないと、他人とそのものについて認識を共有することさえ困難となります。新種記載は、分類していく過程でもし名前のない生物に気づいたのであれば取り決めに従って名付けてやる、という行為であって、分類学はそれを主目的とした学問ではないのです」(同)
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