「肺がん患者」と「腸内フローラ」の意外な関係 最新研究を角田卓也・昭和大教授が語る
「風が吹けば桶屋が儲かる」の喩えのごとく、一見、無関係な事柄に意外な相関関係が見つかることは珍しくない。例えば2018年、森永製菓がロングセラー「チョコフレーク」の販売中止を決断した背景には、スマートフォンがあったという。指に油分が付着するスナック菓子とスマホの普及率に、反比例の関係が隠れていたのだ。
今回、肺がん治療と腸内フローラという医療の上では全く別のフィールドに注目したのは、30年以上、がん免疫療法を研究してきた昭和大学医学部腫瘍内科の角田卓也教授である。
そのキッカケとなったのは、10年ほど前、がん免疫療法の一つである「ペプチドワクチン」の大規模臨床試験がうまくいかなかったことだった。
角田教授が説明する。
「膵臓がんの患者さん150人に対して、偽薬のプラセボ群50人、ワクチン群100人での臨床試験を行ったものの、ペプチドワクチンは、思ったような結果を出すことができませんでした。しかし、そのときに浮かんだのは、患者さんの中に自分の免疫を活性化できる人と、活性化できない人がいたのではないかという疑問です。と言いますのも、その臨床試験のワクチン群の患者さんの中には、ペプチドワクチンを打った注射痕が赤くなるという強い副反応を示した患者さんが10人おりました。一方、プラセボ群の患者さんの中には、そういった副反応が出た方は1人もいませんでした。そして、赤い副反応が出た患者さんたちの生存期間は、他の患者さんに比べて倍くらい長かったのです」
がん細胞をダイレクトに攻撃する放射線や抗がん剤とは異なり、免疫療法は患者自身が持っている免疫を利用する治療法である。もともとがん細胞は、巧妙な偽装工作を行いながら、免疫細胞の監視をすり抜けたり、免疫システムにブレーキを掛けたりして、免疫の攻撃を防いでいる。免疫療法は、この偽装を剥ぎ取って、患者の持つ免疫細胞でがんを攻撃させるわけだ。なぜ大規模臨床試験では全体の結果が思わしくなかったのか。
「つまり、免疫療法はAさんには効くけれども、Bさんには効かないという違いがあるわけです。免疫を活性化できない患者さんもいるのに、その点を考慮せずに患者さんを集めて、まとめて臨床試験を行ったために失敗したのではないか……。もしも免疫を活性化できる人たちだけをより分けて、その患者さんに免疫療法を行えば、成功するはずだと思いました。しかし今のところ、どの患者さんが免疫を活性化できる人なのかは、なかなかわからないのです」
糞を食べるマウスの習性で…
ゴールの場所はぼんやりとわかっているのに、そこへと至る道筋が見えない状況が続く中、大きなヒントとなったのが6年前、学術雑誌「サイエンス」に掲載された2つの論文だったという。アメリカのシカゴ大学病理学・内科学のトム・ガジュースキー教授とフランスのギュスター・ルシィがんセンターのロランス・ジトヴォーゲル博士の論文である。
角田教授が続ける。
「シカゴ大の論文では、Aというベンダーから買ったマウスとBというベンダーから買ったマウスが、同じ種類で同じ週令、すなわち遺伝子的には同じと言えるのに、免疫療法を行うとその効き目が異なるというのです。例えば、Aから買ったマウスにはよく効いて、がんが小さくなる。しかし、Bという会社から買ったマウスのがんには全然効かないというように、結果が分かれてしまう。同じ週令のマウスなのに、なぜこんなことが起きるのかを調べ、一緒のゲージで飼育して実験を行うと、今度はAのマウスでは効きが悪くなり、逆にBのマウスでは良く効くようになった。これはマウスに仲間の糞を食べる習性があったからで、AからBに、BからAに、腸内細菌が移動したのではないかと……。そこから色々と調べると、マウスの腸内細菌、ビフィズス菌が効果に影響を与える原因だったことがわかったのです」
もう一つ、フランスのがんセンターの論文では、抗生物質を使って腸内細菌が死んでしまったマウスでは、免疫療法を行っても、がんが小さくならない現象について記されていた。つまり、2本の論文は、がんの免疫療法の治療効果に腸内細菌が強く影響していることを示唆していたのだ。
角田教授はようやく謎が解けたような気がしたという。
では、腸内細菌とは何なのか?
「私たちの身体の細胞の数は37兆個と言われています。一方、腸の中には1000種類から2000種類、100兆個もの生きた細菌が住んでいて、重さに換算すると1・5キロから2キロ。これをお花畑に例えて『腸内フローラ』と呼ぶわけですが、代表的な菌は培養しやすい好気性の大腸菌でした。ところが、このところ腸内には嫌気性の細菌もたくさん住んでいることが明らかになり、これらの細菌が潰瘍性大腸炎など腸の病気だけでなく、糖尿病や生活習慣病、脳の病気まで、色々な疾患に関わっていることがわかってきたのです。しかし、どの細菌がどんな影響を及ぼしているのかについては、まだ同定できていません」
一般的には、多様な細菌が住む豊かな腸内フローラが良いとされているが、免疫との関係性についても、今はまだ完全に解明されてはいないのだ。
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