「コロナ禍の今こそ芸術が必要」 堀 義貴(ホリプロ社長)×松尾 潔(音楽プロデューサー)

エンタメ

  • ブックマーク

「腹が立つことあるでしょ?」

松尾 そういう堀さんも、最初はラジオ局にお勤めでしたね。

 ええ。大学卒業後の4年間はニッポン放送に勤務していました。会社を辞めて一番うれしかったのは、ユーミンとサザンばかり聞かなくてよくなったこと(笑)。当時は、聴取率を上げるためにとにかく流しまくっていたんですよ。その後、ホリプロに入社して4~5年で音楽部門に異動したのですが、担当したビジュアル系バンドの歌詞は好いた惚れただけ。「お前たち、他に曲にすることないの? 腹が立つことあるでしょ?」って。そうしたら、「いまはそんな曲、流行りませんよ」と言われてね。

松尾 それを創業者のジュニアが言うのが面白い(笑)。普通は逆だと思います。

 一方で堀さんは、ブロードウェイミュージカルを日本にローカライズすることに成功されています。ただ、ホリプロといえば、スターシステムをこの国に根付かせた企業ですよね。

 ええ、権化です。

松尾 それなのに舞台では、人気俳優の起用を前提とするスターシステムを採用していません。そのあたり、ご自身のなかにせめぎ合いはないんですか。

 まるでないです。そもそも、海外の作品をレプリカで上演する場合、僕らにキャスティング権はありません。ホリプロが演出するミュージカルの場合はキャスティング権がありますが、テレビで有名な俳優が主役を演じても、目利きのお客様は実力を知っているのでチケットは売れない。反対に、マルシアさんや知念里奈さんなど、うちの舞台が初ミュージカルで、その後舞台で引っ張りだこになった(他社所属の)方はいます。彼女たちはテレビで名前が売れましたが、一度、歌声を聴くと惚れ惚れしてしまい、次々に出演が決まる。舞台はどんどん実力主義になっています。

松尾 ミュージカル市場が成熟してきたということでしょうか。

 そうですね。かつては、観客の間に劇団四季派、東宝ミュージカル派といった派閥がありました。そこに亜流のホリプロが参入して、他社さんが断った斬新な作品や、残酷でグロい描写がある作品を上演する。いわゆる隙間産業ですね。それでも、役者がしっかりしていれば目利きのファンはついてきてくれる。

松尾 堀さんがご自身にしかできない仕事と感じるのは、やはり舞台ですか。

 たまたま舞台だっただけです。テレビ番組をいくら作っても著作権はテレビ局のものだし、音楽にしても共同原盤ですからね。芸能プロダクションが融通を利かせられるのは舞台しかない。あとは、海外進出とインターネットでのビジネスばかり考えています。

エンタメとは「見つける」こと

松尾 今後のホリプロについては、どんな将来像を描いていますか。

 日本人のスター発掘にはこだわらない。30年後くらいに「最近、ホリプロから日本人のスターが出てこないね」って言われるのが理想です。そのためにはミュージカルでドーバー海峡と大西洋を渡って世界で勝負したいです。今まで通りの尺度では目黒の自社ビルを失ってしまうかもしません。想い出がなくなってしまうのは嫌だから、少なくとも、50年は存続するための活路を見出していきたいです。

松尾 ホリプロは伝統も歴史もある会社で、長年にわたって蓄積された資産、オールドマネーがありますよね。一方で、新たに築いていくニューマネーもどんどん稼がなければならない。自分たちが盤石なのはオールドマネーのあるうちだぞとか、社員の方に発破をかけることはないのですか。

 年配の役員にはこう言っています。「うちの会社はいつまでも山口百恵で食べてるって言われてるんだぞ。1曲くらいヒットを作ってみろよ」。凄いディレクターなんてどこにもいない。お前が自信を持って作るんだ、ということです。

松尾 堀さんを主人公にした映画を作ったら面白いんじゃないかと思うほど、痛快なお話の連続ですね。

 組織にいると浮世離れになるんです。しかも、浮世離れになっていることに気付かない。業界人はよく「何か面白いことありませんか」って聞きますけど、僕にすれば毎日、面白いことだらけですよ。エンターテインメントというのは、結局のところ“見つける”ことなんです。人々が何を欲しているかを空想して、彼らを熱狂させるものを見つける。

松尾 堀さんはしなやかな発想をお持ちです。その上、怒りをそのまま溜め込むのではなく、それを燃料にして、楽しいこと、面白いことに情熱を向ける好循環を自然に維持されているようにお見受けします。ご自身のことは、あまり怒りを引きずらない楽観主義者だとお考えですか。

 いやいや、むしろネガティブシンキングですよ。いつも会社が潰れる心配が頭を過(よぎ)ります。東日本大震災の後には、全ての仕事がゼロになっても最低1年間は生き残れるようにお金を貯めてきた。最悪のことを考えて準備をしていたからこそコロナ禍でも助かった。

松尾 ネガティブシンキングにも効用あり(笑)。それでも、堀さんは“ネアカ”だと思いますけど。

 コロナ禍で僕の原動力が怒りだということがやっと分かりました。でも、ネアカというか、人を笑わすのも好きなんです。僕、もともと面白い人なので。

松尾 ええ、たしかに面白いです(笑)。

堀 義貴(ほりよしたか)
ホリプロ社長。1966年、東京都生まれ。成蹊大学法学部卒業後、ニッポン放送に入社。93年、同社を退社しホリプロに入社。2002年より代表取締役社長、13年より日本音楽事業者協会会長を務める(2021年6月に任期満了で退任)。

松尾 潔(まつおきよし)
音楽プロデュー、作家、作詞家、作曲家。1968年、福岡県生まれ。早稲田大学卒業。平井堅、CHEMISTRY、SMAP、東方神起、JUJUなど、提供した楽曲の累計セールス枚数は3千万枚を超す。日本レコード大賞「大賞」(EXILE「Ti Amo」)など受賞歴多数。

週刊新潮 2021年6月24日号掲載

特別対談 「ホリプロ社長 堀 義貴×音楽プロデューサー 松尾 潔 エンタメは『不要不急』にあらず コロナ禍の今こそ折れる心に芸術の効用を」より

前へ 1 2 次へ

[2/2ページ]

メールアドレス

利用規約を必ず確認の上、登録ボタンを押してください。