【青天を衝け】冒頭、北大路欣也が「こんばんは、徳川家康です」で登場する重要な意味

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 NHK大河ドラマ「青天を衝け」(日曜午後8時)は幕末ガイドとしても最適の作品と評判高い。幕末は幕府内で権力闘争があったり、一方で薩摩や長州などの雄藩が倒幕を図ったりと複雑で難解だが、このドラマを見ると、アウトラインがよく理解できる。幕末に造詣が深い大森美香さん(49)の脚本が光る。

 大森さんはそもそも幕末通だった。幕末生まれの実業家で教育者の今井あさ(波瑠、30)をヒロインとするNHK連続テレビ小説「あさが来た」(2015年下期)を書いた際、幕末の資料を読みあさったからだ。

「青天を衝け」を書くにあたって、さらに資料を読み込んだ。それにより、1853年にペリー(モーリー・ロバートソン、58)が来航したころ、渋沢栄一(吉沢亮、27)は生家のある武蔵国榛沢郡血洗島村(現埼玉県深谷市)から初めて江戸に出たことなどを突き止めた。

 大河の制作を3回経験した制作統括によると、大河は放送の2年前に行われる制作発表後から資料集めとその読み込みが始まり、その作業に約1年かける。その次の年から撮影が開始し、さらに次の年から放送スタートとなる。だから大河は「準備開始から放送終了までに丸3年」とNHK局内で言われている。

 あらかじめ幕末についての知識が豊富だった大森さんが、「青天を衝け」を書くために十分な勉強の時間を得た。それにより、あの時代のエキスパートと呼べる存在になった。

 その上、大森さんは難しいことを分かりやすく見せるのが得意。例えば、今も語り継がれているのが、フジテレビの「カバチタレ!」(2001年)である。

 原作は街金融の世界を描いた漫画なので、金融用語や法律用語がポンポン飛び出し、やや難解だった。だが、大森さんは絶妙に平易化。「競売」や「供託」などが何であるかを誰にでも分かるようにした。主人公の新人金融マン・田村は原作では男性だが、ドラマでは女性(常盤貴子)に変更し、取っつきにくさも払拭した。

「青天を衝け」では徳川家康(北大路欣也、78)をナビゲーターに据えているのはご存じの通り。大胆な設定だった。家康は1543年生まれで栄一は1840年生まれだから、実に297歳も違う。普通の脚本家ならナビゲーターにしようなどとは思わないだろう。

「こんばんは、徳川家康です」の妙

 家康を登場させることは先に決まっており、北大路が引き受けてくれることになったのは後になってから。誰が演じるのか決まっていない段階では家康がスーツで出るはずだったが、北大路が出演を受諾してくれたので和装に変更された。北大路が真に迫った家康役を出来る人だからである。

 北大路は過去に1992年のスペシャルドラマ「戦国最後の勝利者 徳川家康」(テレビ朝日)などで家康を演じている。そんな人に奇異な扮装をさせるのは勿体ないと考えられたようだ。

 一方、北大路側は出演依頼を引き受けるかどうかで揺れた。

「なぜ幕末に、なぜ渋沢栄一のドラマに徳川家康が? オファーを受けたときは驚きました。しかも今回のような特殊な立ち位置は全く経験がありません。ドラマ本編の邪魔になってはいけないという思いもあり、お引き受けするか悩みました」(※1)

 結局、引き受けた理由は、演じてきた家康に導かれていると思ったため。また渋沢栄一との奇しき縁を感じたから。北大路は母校・早稲田大で演劇を専攻したが、学びの場の1つだった同大演劇博物館の設立を支援したのは栄一なのだ。

 第1話の家康の登場場面を振り返りたい。冒頭、いきなり出てきて、視聴者を驚かせた。

「こんばんは、徳川家康です。きょうはまず日本の歴史です。大和政権が始まり、大化の改新、そして平安文化が栄えたころ、地方では領地をめぐって争いが増え、戦いを職業とする武士が誕生します」

 江戸時代の物語に入る前に、わざわざ「武士とは何か」を解説したのだから、分かりやすさを象徴していた。小学校高学年の社会科レベルの話である。ここまで親切に解説してくれる大河は前代未聞だ。

 一方、いくら分かりやすくても解説一辺倒では堅苦しくなるが、そうなっていないのは北大路版の家康がユーモラスだから。毎回、カメラ目線で「こんばんは、徳川家康です」と自己紹介するのだから、まるでキャスターである。

 1980年代にフジテレビの午後11時台のニュース「FNNニュースレポート23:00」のキャスターを務めていた俵孝太郎氏(90)が思い出される。やはりカメラ目線で「こんばんは、俵孝太郎です」と挨拶していた。

 この俵氏の挨拶はビートたけし(74)がモノマネしたことで広く知られるようになった。49歳の大森さんはドンピシャの世代。北大路版の家康は俵氏のパロディなのではないか?

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