安倍前首相の音頭で「日の丸半導体」に数兆円投入? お寒い日本の現状を危ぶむ声
国際シェアは失い続ける一方
こうした危機感をテコに動き出したのが、自民党の「3A」こと、安倍晋三前首相、麻生太郎財務相、甘利明税調会長である。
「半導体は死活的に重要だ。異次元のものをやらなければならない」
5月下旬、大胆な投資を訴えたのは、自民党「半導体戦略推進議員連盟」(会長・甘利氏)の最高顧問・安倍前首相だ。
経済安全保障の重要性を掲げる甘利氏らの動きに押されるように、経産省は6月上旬、前述したように、半導体確保を「国家事業」と位置付けた半導体・デジタル産業戦略を発表した。さらに、TSMCに働き掛けて、熊本県に日本初の半導体工場を建設する計画を推し進めている。欧米や韓国に追随し、最先端半導体の開発、製造に向けた数兆円規模の基金を設定する案も持ち上がっているという。
しかし、1980年代後半、日本は世界の半導体市場の約50%のシェアを占めていたが、2019年では約10%まで低下した。半導体に詳しい金融機関の幹部は、こう語る。
「日本の半導体産業が世界市場を席巻していた1980年代の栄光を取り戻すのは、極めて難しいでしょう。90年代以降、旧通商産業省(経産省)は日の丸半導体構想をたびたび打ち上げ、官民での開発や民間企業の再編を進めてきましたが、国際シェアは失い続ける一方でした。エルピーダメモリの破綻はその象徴です。その当時から世界では、開発・設計と生産をそれぞれ別の企業が担う『水平分業』が主流になっていましたが、経産省や日本の大手企業は開発・設計、生産までを手掛ける『垂直統合』モデルから脱却できず、完全に世界の時流に乗り遅れてしまったのです」
エルピーダ破綻を大幅に上回るか
加えて、最先端の半導体の研究、生産体制整備には少なくとも数兆円の投資が必要だが、リスク回避傾向が強い日本企業、政府は見送ってきた。直近のポスト5G(第5世代移動通信システム)基金やサプライチェーン補助金はいずれも2000~3000億円規模であり、欧米や韓国政府と比べ、はるかに少ない。
政府や自民党の一部には「国家事業として、数兆円規模の投資に踏み切り、一気に日の丸半導体を復興させる」といった積極論もある。しかし、高額な電力料金や人材不足が、その前に立ちはだかる。
東京電力福島第一原発事故後、日本は原発の再稼働、新増設が極めて難しくなり、石炭火力への依存度が高まった。一方、世界は「脱炭素」に舵を切っている。
「その中で安価な電力を調達することは、他国よりも格段に難しくなっています。さらに、最先端半導体の開発は、今や数学や物理学のトップレベルの英才が参加する分野となっているにもかかわらず、横並び体質の日本企業は、高額の報酬で天才達を集めるようとはしていません」(経済団体関係者)
米金融機関の幹部は、「電力料金が高く、技術的優位性を持たない日本が、国家事業として巨額のリスクを取れるのかは疑問だ」と冷ややかに見ている。財務省関係者も、
「最先端半導体は製造が容易ではないが、手を加えれば、高額化するような『高付加価値製品』ではない。また、高品質のものをつくるには自動化が重要なため、長期の雇用も生みにくい。そうしたことも考慮に入れず、無理をして推し進めれば、エルピーダ破綻を大幅に上回る損失を出しかねません」
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