国際政治論壇レビュー(2021年6月-2) 国際政治論壇レビュー(5)

国際

  • ブックマーク

3.結束を強化する民主主義諸国

 議長国であるイギリスのコーンウォールで6月11日からはじまったG7サミットは、コロナ禍で中国やロシアのような権威主義体制の大国が影響力を拡大するなかで、民主主義諸国が再び主導権を回復するための重要な機会と位置づけられた。それを主導したのが、議長国であるイギリスのボリス・ジョンソン首相と、これまで「民主主義サミット」の開催を重要な外交目標のひとつと位置づけてきたジョー・バイデン大統領の二人である。この二人が、第二次世界大戦中のチャーチル首相とルーズヴェルト大統領の二人によって署名された大西洋憲章を想起して、6月10日に「新大西洋憲章」を発表した背景には、そのような意図が見られた。これについての論考は、これからいくつか見られるようになるであろう。

 バイデン大統領はイギリスに向けて飛び立つ少し前の6月6日に、『ワシントン・ポスト』紙において、「私の欧州訪問は、アメリカが世界中の民主主義諸国を結集させるためである」と題する論考を掲載した[Joe Biden, “My trip to Europe is about America rallying the world’s democracies”  , The Washington Post, June 6, 2021]。すなわち、「この訪問は、アメリカが同盟諸国やパートナー諸国への再生された関与を実現させるためのものであり、また諸課題に対応し、新しい時代の脅威を抑止するための民主主義諸国の威力を示すためのものである。」その一つの成果は、G7としての、資金および現物供与としての10億回分相当のワクチンの支援を国際社会にむけて行う意思を表明したことにも示されている。

 この間、オーストラリアをはじめとする民主主義諸国に対して、事実上の経済制裁やさまざまな軍事的圧力をかけることで、中国は自らの意向に従わせようとしてきた。そのような威圧的な対外姿勢は、蔡英文政権の台湾や、一部の欧州諸国にも向けられ、大きな反発を生んでいる。鎖の脆弱な結び目をめがけて、中国政府は強力な圧力をかけることで、自らの意向を強制させようとする姿勢を繰り返すようになってきた。

 それに対して、チャールズ・エデル元米海軍大学校教授は、対中貿易が全体の40%を占めるオーストリアが中国の懲罰的措置にさらされている厳しい現状に注目し、民主主義諸国が結束して対抗する必要を指摘する[Charles Edel, “Winning Over Down Under(ダウンアンダーを制するには)”, American Purpose, May 3, 2021]。オーストラリアに対しての経済制裁や貿易規制措置は、むしろ中国経済にとっても大きなリスクとなり経済成長への阻害要因となっている。とはいえ、中国の行動に対抗するためには民主主義諸国による「共同戦線」の確立が不可欠となっており、オーストラリアを置き去りにしないことが戦略的にも重要となっている。

 中国は、そのようなかたちでアメリカの影響力が拡大することを懸念している。たとえば復旦大学米国研究センターの张家栋は、「アメリカによる中間国家に圧力をかける戦略は長続きしないだろう」と題する『環球時報』に寄せた批判的な論考の中で、アメリカが米中対立の構造における「中間国家」への影響力を拡大しようとしつつあることへの懸念を示している[张家栋(Zhang Jiadong)「美国重压“中间国家“策略难持久(アメリカによる中間国家に圧力をかける戦略は長続きしないだろう)」『环球网』、2021年5月31日]。そして、そのような動きとは一線を画して、中国との良好な関係を維持しようと試みるニュージーランド政府の対応を、この論考の中で高く評価している。アメリカによるワクチンの供与やサプライ・チェーンの再編について詳細に論じられており、そのことは中国国内でもアメリカの動きに注目して、そのような動向が中国経済や中国の国際的地位に負の影響を及ぼす可能性を警戒している証左かも知れない。

4.欧州のインド太平洋戦略

 「はたして欧州は無力なのか?」

 これは、ハーバード大学教授の著名な国際政治学者、スティーブン・ウォルトが投げかけた問いである[Stephen M. Walt, “Exactly How Helpless Is Europe? (はたして欧州はどれだけ無力なのか?)”, Foreign Policy, May 21, 2021]。これに対して、ウォルトは、冷戦初期の時代とは異なり現在のロシアはヨーロッパにとってのそれほど大きな脅威とはいえず、過度にヨーロッパがアメリカに依存するような冷戦時代の米欧関係の構造は不必要であり、また不適切であると主張する。いわば、マクロン仏大統領が掲げる「戦略的自律」を歓迎する主張であり、またバイデン大統領が再び欧州関与を強めようとする動きに対する牽制でもある。

 以前からウォルトは、「オフショア・バランシング」と称する、アメリカの過剰な対外関与には批判的な姿勢を示しており、そのようなウォルトの立場は、アメリカの中東関与や台湾関与に関する彼の論考においても同様に示されている。はたして、バイデン政権が進めるような米欧関係の強化と、アメリカの欧州関与の拡大の路線が望ましいのか。あるいはウォルトが論じるような、地域の自律性を促し、アメリカはそこから一定の距離をとることが適切なのか。今後もアメリカ国内では、このような論争が続くことであろう。注目していきたい。

 ウォルトがそのような主張を行う一方で、EUは独自の外交を展開して、とりわけ最近はインドへの接近が顕著となっている。これは、EUがインド太平洋戦略を構築して、この地域への関与を拡大しようとしていることへのインドの関心が強まっていることの証左であり、また経済的にも人口拡大が約束されているインドに対してEUが関係強化を欲していることの帰結ともいえる。インド太平洋の重要性が増す中で、EUと中国の関係の冷却化が続いていけば、このようなEUとインドとの関係の強化はしばらく続いていくであろう。そのような傾向は、ジョゼップ・ボレルEU外交安全保障上級代表による「Nikkei Asia」でのインタビューや[Yasuo Takeuchi, “Transcript: EU foreign policy chief Josep Borrell comments on Indo-Pacific strategy(ジョゼップ・ボレルEU外交安全保障上級代表、インド太平洋戦略についてコメント)”, Nikkei Asia, 7 May, 2021]、インドのモディ首相による共著論文[Narendra Modi・António Costa, “Trade and beyond: a new impetus to the EU-India Partnership(貿易とその先へ:EUとインドのパートナーシップへの新たな推進力)”, Politico, 7 May, 2021]において示されている。

 他方で、EUおよび欧州諸国のインド太平洋関与がどの程度永続的で、どの程度強固なものであるかについては、疑問も上がっている。『フィナンシャル・タイムズ』紙の中国特派員記者のケイトリン・ヒルは、欧州諸国でそれぞれ思惑が異なることもあり、どの程度その影響力が実質的であるのか、また中国のこの地域での影響力拡大にどの程度米欧が結束を示して協力を深化できるのかについて、否定的な見解を示している[Kathrin Hille, “European show of support for US in Indopacific will remain limited(欧州のインド太平洋における米国への支援表明は限定的なものになるだろう)”, Financial Times, 19 May, 2021]。象徴的な意味で欧州諸国が軍艦をインド太平洋に派遣したとしても、それらの諸国にとっての中国市場の重要性と、中国との経済関係の重要性は必ずしも減少しておらず、過度に欧州諸国の影響力を高く見積もることには慎重であるべきだという見解は、傾聴に値する。

5.中東和平をめぐる新しい動き

 米中対立に関する報道が溢れる中でも、国際社会で新しい動きが見られている。そのなかでも重要なものの一つが、イスラエルで12年間におよぶリクードによる統治が終焉を迎え、その党首であったベンヤミン・ネタニヤフが首相の座から降りたことである。

 そのようななかで、中東和平をめぐる動きにも、新たな潮流が見られるようになった。『エコノミスト』誌は社説で、「二つの国家か、それとも一つの国家か」と題して、オスロ合意に基づく二国家解決案の限界と、新たに浮上する「一国家案」の実効性について論じている[Leaders, “Two states or one? (二つの国か、それとも一つの国か)”, The Economist, May 27, 2021]。バイデン大統領も日本の外務省も、基本的には二国家解決案を支持している。しかしながらこの方式はいまや、大きな行き詰まりを迎えている。このことは、仏『ル・モンド』紙でも取り上げられ、これまでの「パラダイムが変化」している現状に注目する[Edirotial, “Israël-Palestine : changer de paradigme (イスラエル・パレスチナ:パラダイムの変化)”, Le Monde, May 22, 2021]。バイデン政権の成立とイスラエルの政権交代が、はたしてこれまでの中東和平の方式どのような新しい動きをもたらすのか、注目せねばならない。

 他方で、仏『ル・フィガロ』紙において、76人の政治家やジャーナリスト、研究者、弁護士などが連名で共同の寄稿を掲載していることにも注目したい。そこには、マニュエル・ヴァルス元仏首相や、フィリップ・ヴァル元『シャルリー・エブド』編集長らも名前を加えており、イスラム過激派のハマスの攻撃を批判して、イスラエルの立場を支持するものである[Manuel Valls & Philippe Val et al, “Ceux qui menacent Israël nous menacent aussi (イスラエルを脅迫するものは、我々を脅迫していることと同様である)”, Le Figaro, May 18, 2021]。これまで、フランスにおいてはイスラエルに批判的で、パレスチナやアラブ諸国に共感を示すリベラルな見解が主流であったが、このように明確にイスラエルの立場を擁護する連名の記事が掲載されるのもまた、新しい動きともいえる。イスラム主義の暴力を擁護してきたことが、中東和平の障害になってきた現実を直視して、それを非難することが求められていることを主張する。

 バイデン政権の成立は、必然的に、インド太平洋地域、中東、ヨーロッパなどの地域において新しい国際政治のダイナミズムをもたらすであろう。そこには、地域独自の政治力学と、他の地域や主要な大国の外交との連動と、双方の動きが見られる。引き続き、そのような複雑で、複合的で、不透明な国際情勢の動向をフォローしていきたい。

提供:API国際情勢ブリーフィング

細谷雄一
1971年生まれ。API 研究主幹・慶應義塾大学法学部教授。94年立教大学法学部卒。96年英国バーミンガム大学大学院国際学研究科修士課程修了。2000年慶應義塾大学大学院法学研究科博士課程修了(法学博士)。北海道大学専任講師、慶應義塾大学法学部准教授などを経て、2011年より現職。著作に『戦後国際秩序とイギリス外交――戦後ヨーロッパの形成1945年~1951年』(創文社、サントリー学芸賞)、『外交による平和――アンソニー・イーデンと二十世紀の国際政治』(有斐閣、政治研究櫻田會奨励賞)、『大英帝国の外交官』(筑摩書房)、『倫理的な戦争』(慶應義塾大学出版会、読売・吉野作造賞)、『戦後史の解放I 歴史認識とは何か: 日露戦争からアジア太平洋戦争まで』(新潮選書)など多数。

Foresight 2021年6月24日掲載

メールアドレス

利用規約を必ず確認の上、登録ボタンを押してください。