山尾志桜里が政界引退宣言 政治アナリストは「世間が思う以上に彼女の罪は大きい」

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野党大敗の責任

 本来なら男女を問わず、優れた政治家に成長する候補者を選考するのが公募制の役割だろう。だが旧民主党は09年、「小沢ガールズ」を大挙して出馬させた。

「要するに選挙に勝つ話題作りとして、大量の女性候補者を動員したわけです。そうなると、どうしたって政治家としての資質を問う作業は二の次になってしまいます。実際、有権者の皆さんは現在、『小沢ガールズっていたけど、誰だっけ?』と忘れてしまっていると思います」(同・伊藤氏)

 しかしながら、山尾議員は単なる「小沢ガールズ」でなかったのも事実だという。

 17年9月、当時の民進党は代表選を行い、前原誠司・衆院議員(59)が選出された。前原議員は山尾議員を幹事長に充てる方針を決めたが、党内の反発が強まる。

 そして文春が不倫問題を報道。幹事長起用は取り消され、山尾議員は離党する。だが、議員を辞職することはなかった。

山尾議員の“自己評価”

「世論調査などから、自民党が山尾幹事長の誕生を怖れていた時期もあったのです。それだけ彼女は世間から注目され、支持も集めていました。しかし最終的には自身のスキャンダルで全てを壊したのです。当時首相だった安倍晋三さん(66)が国会を解散したのも、山尾さんの問題で民進党の勢いが止まり、小池百合子都知事(68)の希望の党も伸び悩んでいることを把握したからです」(同・伊藤氏)

 この選挙で自民党の獲得した議席数は284。まさに圧勝だった。

「山尾さんは『安倍一強』と呼ばれるようになった野党の弱体化に大きな責任を持っているのです。有権者の皆さんが抱いているイメージより、実のところ彼女が背負っている“罪”は重い。しかし、彼女が正面切って、その問題について謝罪することはありませんでした」(同・伊藤氏)

 山尾議員は先に紹介した「note」で、自身の議員人生を次のように総括している。

《微力ながら10年間でいくつかの役割は果たすことができました》

デイリー新潮取材班

2021年6月19日掲載

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