積水ハウス地面師事件 責任逃れでクーデターまでやった前会長を追い詰める株主代表訴訟
「慎重さ」よりも「スピード」で
地面師の主犯格らの刑事裁判は概ね決着を見て、積水ハウスは「被害者」として定着している。しかし、事件をめぐっては、もう一つ、経営陣の善管注意義務違反を問う民事裁判が大阪地裁で公判中だ。事件はまだ、その核心に迫れていない。
地主を装い、他人の土地を勝手に売却してしまうのが地面師という詐欺師たちである。戦後から80年代の不動産バブル期にかけて横行した手口だが、アベノミクスによる地価の高騰を受けて現代に蘇った。地面師は、西五反田の一等地「海喜館」の売却を積水ハウスに持ち掛けて、55億5900万円を騙し取ったが、その後、地主に扮した元保険外交員の羽毛田正美や、主犯格のカミンスカス操や内田マイクが逮捕された。当初はホームビルダーのトップ企業をも手玉に取る、巧妙、狡猾な詐欺師像が印象付けられたが、取引の実態は、積水ハウスの担当者が本人確認を怠るなどあまりに杜撰なものだった。
取引を主導したのは当時社長だった阿部氏である。彼は同社の調査対策委員会でも、人事・報酬諮問委員会でも「責任あり」と判断された。ところが2018年1月24日の取締役会でクーデターを起こして実力者の和田会長を事実上の解任に追い込んだのだ。阿部氏は会長職に就き、積水ハウスを実質的に支配し、以後、解任の事実も調査対策委員会の調査結果すらも隠蔽してしまう。
解任劇から数週間後、日本経済新聞の北西厚一記者のスクープによって解任の事実が明らかとなり、社の隠蔽と地面師事件の阿部氏の責任を重く見た一人の株主が、代表訴訟に踏み切ったのだ。
裁判資料などによれば、善管注意義務違反に問われている阿部社長(現顧問)は、過去の代表訴訟の判例に基づいて「経営者が部下を信頼する権利」を用い、その責任をマンション事業本部長、法務部長、不動産部長に転嫁する主張を展開している。
しかし、詐欺にあった「海喜館」の購入に当初から前のめりになっていたのは、ほかならぬ阿部社長だった。彼がまだ現場の担当者が地主に接触する前に現地を視察したことで、取引は一気に「阿部案件」の色彩を帯びていく。また視察後、数日の内に通常とは異なる手続きで、阿部社長は稟議を早々に決裁してしまう。
社内でも阿部の側近と目されていたマンション事業本部長の三谷和司常務執行役員が東京マンション事業部にハッパをかける中、取引は「慎重さ」よりも「スピード」を重視して突き進んでいった。
東京マンション事業部は実力会長の和田氏の目が届かない、阿部直轄地の様相を呈しており、社員でもない阿部氏の妻の接遇にも細心の注意を払うことを余儀なくされていた。彼女の権勢ぶりに、フィリピンの独裁者であるフェルディナンド・マルコスの婦人にたとえ「イメルダ」と呼ぶ社員もいたほどで、社長夫妻に反発する社員の声も筆者のもとに届けられている。
あげく担当者たちは、地主の本人確認を怠り、9つもの地面師の不可解な行動を見逃し、自らも9つに及ぶミスを犯し続けることとなる。
アラームが鳴り響いても
地面師事件が起きる前、東京マンション事業部の担当者は、野村不動産の知人から「それは詐欺だ」と警告されていたし、本物の地主からも警告として計4通もの内容証明が送付されていた。さらに決済日当日には、測量のために海喜館の敷地に入った積水ハウスの担当者が通報され、警察が出動して任意同行を求められた――。数々のアラームが鳴り響く中、それでも現場はその一切を無視して取引に突き進み、55億5900万円が闇に消えたのである。
その取引の全貌は狡猾な詐欺師に騙された被害者というよりは、誰も立ち止まって考えずに、自ら毒牙にかかる思考が停止した集団にしか見えなかった。その様は完全にコメディだったが、これは現実に起きたことだ。現場の状態を見抜けないトップ。そんなトップでも方針を下せば、取引相手が詐欺師であろうが成約に向けて突き進む担当者の姿は、組織の劣化を色濃く示していた。
しかし、積水ハウスの社外役員たちで構成された「調査対策委員会」は、こうした背景をはっきりと見抜いた。特に委員長を務めた篠原祥哲社外監査役は、部下たちに茶番を演じさせた阿部氏にその責任を求め、それを「調査報告書」に明記したのだ。事件の経過を目の当たりにした和田会長も阿部退任はやむなしと、取締役会で解任動議を提出した。
ところが、阿部氏は多数派工作の末に返す刀で会長解職動議を提出し、クーデターに踏み切った。以後、この調査報告書は長らく隠蔽され続けたのである。
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