コロナ禍で鮮明になった「日本の没落」…経済学者が23年前に著書で鳴らした警鐘

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ノーベル賞クラス

 数理経済学者として世界的な名声を博した森嶋は、ロンドン・スクール・オヴ・エコノミクス(LSE)の看板教授を1970年から88年まで務め、04年に80歳で逝去するまでLSEと大阪大学との名誉教授だった。

 京都大学大学院在学中の研究成果をまとめて、27歳で著した処女作『動学的経済理論』は、46年後の1996年に英訳されケンブリッジ大学出版局から出版されたほど、世界的にも極めて独創的な業績だった。また、『Equilibrium, Stability and Growth』(1964)、『Theory of Economic Growth』(1969)、 『Marx's Economics』(1973)の経済成長理論三部作は、ノーベル賞クラスの業績であり、実際、ノーベル経済学賞の候補に少なくとも2度なっている。

『なぜ日本は没落するか』を書くきっかけとなったのは、1997年にオーストラリアの大学から日本の将来を議論する会議での講演を依頼されたことだという。同書は80年代のバブルが崩壊して引き起された「金融危機」が、「太平洋戦争開戦当時に日本を取り巻いていた危機に匹敵する」と考えていた森嶋が、1998年から52年後の2050年に日本がどうなっているかを真剣に考えた“結論”である。

 では、森嶋の論考の中身をじっくり紹介していこう。なお、同書には1999年刊行の単行本版、2005年刊行の著作集版、2010年刊行の文庫版があるが、筆者は単行本版を参照した。

教育改革で生じた断層

 森嶋の主張は、戦後の教育改革が完全に失敗し、日本を没落させる原動力となったというものだから、小学1年から戦後教育を受けた者が人口のほとんどを占めるようになっている現在の日本は、まさしく没落の途上にあると言える。

 日本の学校教育は敗戦後、占領軍の命令によって、自由主義と個人主義とを根幹とするように決められた。それを明文化したのが1947年制定の教育基本法である。しかし、当然ながら戦後の思想教育、つまり自由主義と個人主義は、それまでの全体主義、国家主義の教育をしていた教師が教えることになる。

『教育勅語』を丸暗記させられた世代の教師たちは自由主義、個人主義について無知に近かったので、自由主義、個人主義とは何であり、何でないかが学校の教室で徹底的に議論されることはなかった。その結果、小学1年から大学卒業まで戦後教育だけを受けた純粋戦後派でも、「しっかりとした思想的核心を持ちえなかった」のだ。

 また、戦後日本社会の性格も、戦前とほとんど変わらなかったと森嶋は言う。

「戦後の日本経済は戦争中の(総動員)体制の平時版と見てよいほど、戦時体制に酷似していた。同時に日本の政治体制も政治勢力も、戦前回帰的であった。さらに重要なことには、このような組織を動かしていくイーソス(精神、ethos=エートス)は、極めて日本土着的であった」

 そうした社会環境で育った戦後世代が教師となり、自由主義や個人主義を履き違えて教えていった結果、「利害に対して自己中心的で、自分の主張がなく常に多数派に与し、拝金主義的で快楽主義的」なイーソスが戦後世代に根付いてしまい、民主主義の担い手も資本主義の担い手も現れなかったというのである。

 加えて、教育改革によって戦後日本には、「大人の社会(保守的、日本土着的)」と、「青少年の社会(進歩的、西欧的)」の間に大きい断層が生じてしまった。だから、「学校教育を終えた青年は、大人の社会の入り口で戸惑い、失望した」のである。つまり、戦後社会は、保守的、日本土着的な大人の社会を、青少年の社会に合わせて進歩的、西欧的にすることもなければ、青少年に対する教育を大人の社会に合わせて保守的、日本土着的にすることもなく、大人の社会と青少年の社会との乖離を維持してしまったという。

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