ワクチン接種、最大の障害は「日本医師会」 効率の悪い個別接種を推奨、歯科医を参入させない特権意識

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医師会がすねて進まぬ接種

 続いて日本医師会(日医)である。4月末日、菅総理からワクチン接種の加速に協力を求められると、中川俊男会長は「全面的に協力する」と答えたが、東京脳神経センター整形外科、脊椎外科部長の川口浩氏は、

「これは完全な空手形」

 と言い切る。

「医師会という組織は、日医の下に都道府県医師会が、その下に市町村ごとの医師会があります。ワクチン接種など実質的な活動は市町村ごとの医師会が担い、本来、日医からそこに向けて命令を出すことはできません。だから、日医が会員に宛てた通達にも“協力をお願いします”としか書かれていません。また中川会長は、ワクチン接種への歯科医動員に消極的です。指揮系統が乱れるから歯科医の参入に難色を示すならまだわかる。しかし自らは会員に命令できる立場にもないのに、既得権益にこだわって歯科医を排除しようというのは、本末転倒です」

 日医は開業医の利益を守る圧力団体なので、身内にゆるく、国民やライバルたりうる歯科医に強い圧力をかけるのはいつものことだ。とはいえ、日ごろ「国民の生命と健康」を云々する以上、ワクチン接種の足を引っ張るべきではない。中川会長が菅総理に提案したのは、かかりつけ医での個別接種だが、自身も日本医師会会員である長尾クリニックの長尾和宏院長は、

「見当違いです。多くの国民に接種を進めるには、集団接種を主体にしたほうが効率的。個別接種は会場まで行けない虚弱高齢者など、ほかに方法がない人の受け皿に留めるべきです」

 と指摘して、続ける。

「ファイザー社などのワクチンの扱いはデリケートで、多くの制約があり、難易度が高い。瓶から6人分を吸い取ったら6時間以内に使い切らなければならず、車での運搬時に砂利道は通れません。また、小規模開業医での個人接種では余剰ワクチンが増える。万一、アナフィラキシーショックが起きたとき、十分な対応ができない可能性もあります。多くのスタッフが配置される集団接種のほうが、ワクチンの破棄や事故というリスクを減らせます」

 また、ワクチンの打ち手不足についても、

「それはありません。医師は打つ必要はなく、問診と監督に専念する。看護師や歯科医師、救急救命士を打ち手として総動員すれば足りるはず。中川会長の、効率が悪い個別接種にこだわる発言が、集団接種を拡充しようという機運に水を差している。医師会は発熱対応でもワクチン接種でも間違いを重ねています」

 長尾院長は、いま個別接種に協力している診療所は、体感的に「半分強ではないかと思う」と語るが、ノンフィクション作家の辰濃(たつの)哲郎氏も言う。

「日医がぶち上げた個別接種が、集団接種会場の医師不足の一因となっている地域は少なくない。医師にすれば、自分のクリニックで打てるのだから、なぜ会場に打ちに行かなくてはいけないのか、と思います。また、世界的には今日、薬剤師や看護師が対等に意見を言い合えるチーム医療が進んでいますが、日本では医師の特権意識が妨げになっている。“歯科医も一緒にがんばりましょう”とさえ言えない。その特権意識の象徴が日医です」

 もっとも、個別接種がうまくいっている地域もある。現在、1回目の接種を終えた高齢者の割合が25%以上と全国一の和歌山県について、仁坂吉伸知事が言う。

「人が多い都市部は個別接種がいいと判断した一方で、山間部は、小さなクリニックに予約が殺到するのを避けるためにも、集団接種がいいなど、地域ごとに事情が異なります。ただ、個別接種に関しては医師会のご協力が大切で、市の職員や市長が医師会に頭を下げて説得し、ご協力を得てうまくいっています」

 接種が速く進んでも、ワクチンが供給されなければ意味がないので、「速く接種が進んだところにはどんどん供給してほしい」と、仁坂知事は訴えるが、贅沢な悩みかもしれない。辰濃氏は残念な話を加える。

「ある日医幹部は、当初から自治体が医師会に、一緒に接種の計画を立てるように協力を要請した地域はうまくいっているが、自治体単独で計画し、その後医師会に協力を要請した地域はうまくいっていない、と言っていた。要は、うまくいっていない地域は、なぜ医師会に相談なく計画を立てるんだ、と医師会がすねているにすぎません」

 端から医師会を巻き込んだから和歌山県は成功したわけか。医師会がすねて接種が進まず、高齢者の命が危険に晒されるなら、医師会とはなんなのか。

「対応できませんので」

 ところで、定例会見をする中川会長の背後のパネルにはいつも「うつさない! うつらない!」と書かれている。ワクチンは「感染予防についても効果がある」という分科会の尾身会長の話を紹介したように、うつさず、うつらないための切り札がワクチンである。

 中川会長にはぜひ言行一致を実現し、ワクチン接種に協力してほしいが、むろん言行一致は簡単ではない。事実、中川会長が理事長を務める新さっぽろ脳神経外科病院のホームページには現在、院長名で、

〈病棟に勤務する職員と、入院患者さまが新型コロナウイルスに感染していることが判明しました。5月30日(日)現在の陽性者は、病棟職員2名、入院患者さま9名となっております〉

 と記されている。「うつさない! うつらない!」つもりでも、うつし、うつることはある。大事なのはその際の対処である。病院に取材を申し込むと「カチョウ」を名乗る男性が、

「そういったことには対応できませんので」

 しかし、院内感染が拡大しているなら、情報開示が大事なのではないか。

「取材ですとか、一切お答えできませんので」

 5月20日に「7名」と公表した入院患者の感染者数が、30日に「9名」に増えているが、その間、感染対策は講じたのか。

「そのことはお答えすることができませんので」

 クラスターの発生について、病院の方針として「なにも答えない」のか。

「それもお答えすることができません」

 そんな返答では、中川理事長の信用にも関わるのではないか。

「それについてもお答えできませんので」

 感染した方に対しては不謹慎な言い方になるが、ほとんど漫才である。クラスターはなぜ発生したか、どう対処したか、情報を正しく開示して次なる感染防止につなげる。それが国民に我慢を呼びかける中川会長の、最低限の責務だと思うが、やはりこの人は、どこまでもご自身と身内だけを守りたいらしい。

 それでも日医が足を引っ張る現状を乗り越え、7月末までに高齢者の大半がワクチン接種を終えられれば、日常はかなり取り戻せるはずだ。最後に朗報も記したい。英グラクソ・スミスクライン社日本法人の広報担当者が言う。

「5月26日、米食品医薬品局(FDA)が、弊社のVIR-7831(一般名はソトロビマブ)に緊急使用許可を出しました。重症化リスクの高い軽症から中等症の成人と12歳以上の小児に使用でき、コロナ患者の入院、死亡リスクを85%減少できる、という効果が評価された結果です。また実験室レベルでの試験の結果ですが、インド型をはじめ現在確認されているすべての変異株に効果を示すとの結果も出ています」

 先の寺嶋教授によると、

「モノクローナル抗体といい、ウイルスにくっついて、ウイルスが細胞に入るのを未然に防ぐ薬。コロナ専用薬として期待できる」

 ワクチンに加え、85%の効果がある治療薬があれば、どれだけ心強いことか。たとえばレムデシビルなどは、感染が拡大して間もない昨年5月、日本でも特例承認されている。ワクチンで足を引っ張った厚労省、そして日医と中川会長は、罪滅ぼしとしても、これの緊急承認に向けて全力を尽くしてほしいものである。

週刊新潮 2021年6月10日号掲載

特集「『ワクチン接種』順調なら『人災の医療崩壊』は劇的改善」より

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