「デジタル教科書」は子どもの学力を下げる? 先行する韓国では「学習効果なし」

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微分って何?

 最近、国立情報研究所の新井紀子教授の主導により、RST(リーディングスキルテスト)という子どもの読解力を計測するテストが大規模に行われています。これを通して、日本の子どもの読解力に問題のあることがわかってきました。

 RSTは高度な読解力を調査するテストではなく、非常に基礎的な読解力を調査するテストであるといえます。

 問題はたとえば次のようなものです。

問題 Alexは男性にも女性にも使われる名前で、女性の名Alexandraの愛称であるが、男性の名Alexanderの愛称でもある。

この文脈において、以下の文中の空欄にあてはまる最も適当なものを選択肢のうちから1つ選びなさい。

 Alexandraの愛称は(  )である。

1 Alex 2 Alexander 3 男性 4 女性

 正解は1 のAlexです。この一見簡単な問題が、実はできていないのです。中学生全学年(235名)の正解率が38%、高校生全学年(432名)の正解率が65%となっていて(新井紀子著『AI vs.教科書が読めない子どもたち』より)、中学生の6割、高校生の3分の1が不正解だったことになります。これを見れば、「日本の子どもたちは、教科書が読めない子が多い」とさえ言えそうです。

 新井教授の研究によれば、このような基本的な読解力は、読書量と関係がないそうです。これは子どもを取り巻く環境が変わってきたことを示しているようです。

 特にスマートフォンの普及は、子どものコミュニケーション方法を根本的に変え、疑問に思ったことも直ぐに検索することができます。

 たしかに便利な社会になっているわけですが、そのことが「知らなくても気にならない、不便に感じない」といった意識の変化を生んでいないでしょうか。

 新井教授が懸念されるように、RSTが求める程度の読解力がない人材はAIに仕事を奪われる可能性が高いので、日常生活には支障がないとしても、AI人材として育成するには大いに支障になるでしょう。学校教育で読解力をつけないと、多くの子どもの将来が危ういのではないでしょうか。

 また、日本数学会では11年、大学1年生を対象に「第1回大学生数学基本調査」を行いました。

 その結果、日本の大学生の論理的思考力の低さも明らかになっています。その調査の問題を見てみましょう。

問題 次の報告から確実に正しいと言えることには○を、そうでないものには×を、左側の空欄に記入してください。

 公園に子どもたちが集まっています。男の子も女の子もいます。よく観察すると、帽子をかぶっていない子どもは、みんな女の子です。そして、スニーカーを履いている男の子は一人もいません。

(1)男の子はみんな帽子をかぶっている。

(2)帽子をかぶっている女の子はいない。

(3)帽子をかぶっていて、しかもスニーカーを履いている子どもは、一人もいない。

 正解は(1)のみ〇で(2)と(3)は×です。

 この問題の全体の正答率は64・5%でした。国立大Sクラス(高偏差値群)では正答率86・5%でしたが、私大Sクラスでも66・8%の正答率でした。

 大学生は微分積分やベクトルといった比較的高度な数学を入試問題で解いて入学しているはずなのですが、これほど簡単な問題ができていないのです。

 実際、私自身、大学で数学を教えていると学生は「sin xをxについて微分すると?」と訊くと「cos x」と皆即座に答えますが、「微分って何か説明して?」と訊くと、答えられない学生が実に多いし、「sin xを微分するとcos xになることを示して?」と訊くと答えられない学生はさらに多くなります。つまり大半の学生は「マニュアルを暗記して、その通りに計算しているだけ」であるということです。

論理的思考力の不足

 以上のように、今の日本の子どもたちには、基礎的な読解力、論理的思考力が不足しているように思われます。読解力や論理的思考力は、新しいことを学ぶためにどうしても必要な基礎です。これが身につかないことには、将来AIに仕事を奪われてしまうかもしれません。学力とは正に“学ぶ力”であって、こうした真の学力が身についていなければ、変化の激しい世の中についていくことは困難ではないでしょうか。デジタル教科書を始めとするICT教育で思考力を育てるのは、その特性上、難しいように思われます。

 AI人材を育てるには、何よりも読解力と論理的思考力といった基礎学力が必要です。これらを育てるには、子どもたちに何かを与えるのではなく、たとえば小学校で国語と算数の時間数を増やして他の科目の時間数を減らすような、基礎を重視したカリキュラムにしたほうがいいように思います。

 プログラミングや、情報機器を使って必要な情報を収集したりすることは、誰でもすぐにできるようになることであり、わざわざ学校の授業で教育することではないでしょう。むしろ、「答えそのものを検索する」といった、ますます頭を使わない方向に子どもたちを追いやってしまう可能性もあります。教育効果を上げるには、逆に子どもたちが接する情報を極小化するのが有効です。

 初めに述べたように、現在の政府は教育改革を経済発展の起爆剤と考え、AI人材を大量に生産する方針を明確に打ち出しています。しかしながら、日本の子どもたちの大半は十分な基礎学力(読解力、論理的思考力)すら持っていないのが現状なのです。

 このような状態のままでは、AI人材育成のために深層学習などを学ばせたところで、上手くいかないでしょう。教育はまず基礎から、そして子どもたち一人一人の適性に合った教育をしないと効果が上がりません。過大な目標を設定するより、地道な基礎の積み上げを強化するのが一番ではないでしょうか? 世の中に魔法の杖はないのです。

辻 元(つじはじめ)
数学者。上智大学理工学部情報理工学科教授。1957年生まれ。専門は代数幾何学、複素多様体論。2002年、日本数学会幾何学賞を受賞。

週刊新潮 2021年6月3日号掲載

特集「小中学生の親必読! 『デジタル教科書』が子どもの学力を破壊する」より

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