東京五輪、開催すれば地獄? 陽性者の対応、デモ対策などを徹底シミュレーション
「やるも地獄、やらぬも地獄」。日本オリンピック委員会の山口香理事は東京五輪をこう表現した。しかし、やるとどんな地獄になるのだろうか。それは既に行われたテスト大会から見えてくる。取材した記者たちがシミュレーションする東京五輪の地獄絵図とは?
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五輪やめろ――“中止”を求める声が国内外で日に日に増している。
「とりわけ5月10日に発表された読売新聞の世論調査は、“中止”が59%を占め、組織委幹部も“読売ですらこんなに……”と衝撃を受けていました」
と大手新聞社幹部が語る。幹部氏によると、5月中旬の某日、マスコミ各社の社会部長クラスと組織委幹部がオフレコ懇談会を催したという。
「我々が一番聞きたいのはもちろん“五輪をやるのかやらないのか”です。彼らの答えは“観客50%制限案と無観客開催の2案を検討している。中止は考えていない”。もっとも、東京が大阪のような医療崩壊に陥れば“中止もありうる”とのことでした」
マスコミといえば、海外からも中止を求める記事が出始めた。もっとも、
「そんな記事はこちらでは全く話題になっていません。アメリカ人の大半は東京五輪が予定通り開催されると思い込んでいますよ」
と在米ジャーナリストが語る。ワクチン接種が進むかの国では、レストラン等の営業が再開し、人々の生活は正常化しつつある。コロナとの戦いは終息した感があるのだとか。そして、
「アメリカよりはるかに感染者が少ない印象ですから、日本で五輪中止が議論されているなんて夢にも思っていません。中止がアナウンスされたら、ほとんどのアメリカ人が“なぜ?”とビックリするでしょう」(同)
5月24日、米国務省は日本の危険度を“渡航中止勧告”に引き上げたが、これとて、
「既に150カ国にも及んでいるリストに日本が加わっただけで、さして関心を持たれていませんね」(同)
先頃、わが国の感染状況を“さざ波”と評して批判された内閣官房参与が辞任したが、あながち誤りとは言えない状況なのである。
かくて五輪の準備は粛々と進められている。3月から5月にかけては、バレーボール、飛び込み、マラソン、陸上競技のテスト大会が行われた。ところが、
「これらの大会や、海外で行われた大会でトラブルが頻発したのです。これでは五輪も地獄です。決して空想の話ではありません」
とスポーツ紙五輪担当デスクが警鐘を鳴らす。
いったいどういうことか。順を追って説明しよう。
まず、海外から選手や関係者が入国するところから。
「現在、成田や羽田では入国者に対して検疫が行われています。今は到着便が異常に少なく待合所は比較的空いており、検査結果も1時間弱で出ますが、到着便が重なるとたちどころに2時間以上待たされるはめになるんです。短期間に9万人が殺到する五輪本番で持ちこたえることができるんでしょうか」(同)
渋滞する入国窓口にいらつく外国人が不平をSNS上にぶちまけるのは想像に難くない。また、
「入国時、健康状況に関する質問紙を記入して提出するのですが……」
とは全国紙五輪担当記者。
「4月にカザフスタンで行われたレスリング五輪予選から帰国したある日本人選手が、経由地で発熱や倦怠感を訴え、チームドクターに解熱鎮痛剤を処方されていたにもかかわらず、それを申告せず、後にコロナ陽性が判明してしまった。次戦に出場したいがためにウソをついたらしい。これから五輪に出ようという選手ならなおさら体調不良を隠そうとするでしょう」
入国が済んだ選手団の多くは日本各地で事前合宿を行う。ところが、アメリカ陸上代表をはじめ約50もの団体が事前合宿の中止を決めている。
「事前合宿がない選手は来日して直接選手村に入ることになりますが、選手村には試合5日前からしか入れません。つまり選手はたった5日間で日本に慣れなければならない。時差も克服しないといけませんが、最も困難だとされるのが、暑さ対策です。IOCの手引書には“東京の暑熱馴化には2週間必要”と書かれているんですが……」(同)
偽陽性、デモ、マスク…
選手村にも火種がある。
「“感染爆発しているブラジルやインドの選手団と同じ棟は嫌だ”“食堂で彼らを隔離しろ”など差別的なクレームが噴出する恐れがあります」(同)
五輪に人生を賭ける選手たちである。簡単には宥(なだ)めることはできないだろう。
そして本当の地獄は競技が始まってからである。
素朴な疑問として、陽性判定や濃厚接触判定されたら競技はどうなるのか?
「1月のハンドボール世界選手権ではアフリカのカーボベルデ代表2選手が陽性となりチームはやむなく棄権しました」
と先のスポーツ紙デスク。
「3月のフェンシング大会では日本人5人が陽性、4月の水球代表合宿は7人感染のクラスターが発生し、前述したレスリング予選では複数の日本人が感染したほか、韓国では27選手がクラスター感染した。クラスターとまでいかなくても、チームメイトが濃厚接触認定されて試合ができなくなるのはよくある話。五輪本番だって、いくら感染対策したとしても出るものは出てしまいますから」
しかも、その陽性が“偽陽性”だったとしたら?
「昨秋行われた体操大会での内村航平選手がそうでしたね。内村選手は競技寸前で偽陽性と判明したので、何とか競技はできましたが、もし偽陽性判明が競技後だったとしたらどうするのでしょうか」(同)
人生を賭けた五輪で“偽陽性だった。ゴメン”が通用するだろうか。また、
「プロ野球やJリーグではクラスターで試合ができない場合、後日振り替え試合を行っていますが、期間が限られた五輪では不可能。たとえば、準決勝で中断したら“決勝は中止。全員金メダル”なんてことになるのか。それで選手や観客は納得しますかね」(同)
げんなりする話ばかりだが、もう少しお付き合いを。
次は陸上関係者の談。
「競技場周辺で行われる五輪反対デモも嫌なものですよ。実際、国立競技場で行われた陸上テスト大会では100人くらいのデモ行進がありました。場内は無観客でシーンとしていたので、シュプレヒコールは選手たちの耳にも届いた。いたたまれなかったですね」
有観客で開催されれば歓声にかき消されるだろうが。
そもそも彼らはなぜ中止を求めるのか。それは感染拡大の恐れがあるからだ。
組織委は“コロナ感染防止ガイド”を作成している。正式には“プレイブック”と呼ばれるそれは、選手用、国際競技団体用、放送局用、マスコミ用、マーケティングパートナー用、オリンピックファミリー用、大会スタッフ用と細分化され、実に60頁に及ぶ(選手用英語版の場合)。現在は第2版が公開され、6月には第3版が発表される見込みだ。
ただ、プレイブックは、食事中、就寝時、練習時、競技中を除きマスク着用を求めているのだが、先の全国紙記者によると、
「プレ大会のバックヤードではマスクを外して大声で話したり、抱き合ったりするシーンが散見されました。たとえば、前述したレスリング大会では西口(茂樹)強化本部長が“マスクをしないでわめき散らす国が結構ある”と不満を吐露。先の陸上テスト大会では新谷仁美選手が“私だってマスクを外したい”とマナー違反に苦言を呈していました」
プレイブック第2版には〈違反があった場合、アクレディテーション(資格認定証)の剥奪、参加の権利が失われる可能性があります〉と書かれているのだが。
ここまでは選手が直面しそうなトラブルを見てきたが、実のところ選手よりトラブルを招きそうなのが、7万人に及ぶ選手以外の来日客である。
たとえば「IOCファミリー」と区分けされる人々。
「選手の家族と思ったら大間違い。彼らはIOC委員たちの単なるお友達。コネを生かして、お祭り気分を楽しんだり、観戦ついでに観光を楽しんだりする人たちです」(同)
そんな連中に“ホテルでじっとしていて”と頼んでも素直に従ってくれはしまい。スポンサー関係者を示す「マーケティングパートナー」も然り。併せて1万人超が来日する見込みだ。
2万人を超える「放送・報道関係者」はより深刻である。スポーツ紙デスクによると、
「来日前に行動予定表を組織委に提出するのですが、来日後も守ってくれるかどうか。組織委幹部曰く、“報道の自由も尊重しないといけないし、最も厄介な存在”だそうです」
選手は選手村といういわば隔離施設に留め置かれるが、選手以外の人々はそれぞれが手配したホテルに滞在する。貸し切りなら隔離が可能だが、多くは貸し切りではなく、一般客と混在している状態だ。そんな彼らを逐次チェックすることなんてできるわけがない。だいたい選手と違って彼らには“ルール違反でメダル剥奪”なんて脅しも効きやしない。ワクチンが普及している国やマスクが徹底されていない国からやってくる人も多い。そういう外国人がマスクをせずに大声出して東京の街を闊歩するとしたら……。
最後に、感染防止の切り札というべき“ワクチン”についても触れておこう。
先頃、バッハ会長は「現時点で選手の75%がワクチンを接種し、大会までに接種率は80%を超える」と述べた。だが、そもそも出場選手はまだ70%しか決まっていない。一体どんな計算なのか謎だ。また、
「残りの30%は五輪出場を賭けた大事な試合が目前なわけで、身体への微妙な影響を恐れてワクチンを打ちたがらない。内定済みの選手だって、接種が本番直前になるなら嫌だという人が多いんです」(全国紙記者)
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