国際政治論壇レビュー(2021年5月-2) 国際政治論壇レビュー(2)

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台湾海峡をめぐり対立を深める米中関係

 現在、現在の国際社会での不安定の源泉となっているのが、台湾をめぐる米中の政策の軋轢である。はたして中国は、台湾への武力侵攻と、力による国家統一をいずれ実現するのか。あるいは、抑止力を強化することで、そのような現状変更の試みを日米同盟を通じて阻止することはできるのか。

 英『エコノミスト』誌では5月1日号では、「地球上で最も危険な場所」というタイトルの社説を載せている[Leaders, “The most dangerous place on Earth (地球上で最も危険な場所) ”, The Economist, May 1st, 2021]。すなわち台湾である。このタイトルがこの週の冊子の表紙となっており、また記事それ自体も多くの紙幅を割いてこの問題を詳述しており、台湾をめぐる緊張がいかに危険な水準に到達しているのか、そしてそれがいかに国際的に注目されているかが分かる。確かに、中国の人民解放軍が直接台湾本島へと武力侵攻する可能性は現在ではそれほど大きくはないであろう。だが、中国が台湾に対して軍事的圧力をかける頻度と烈度は着実に高まっていることが、国際的な危機感を高める背景となっている。日米首脳会談が行われた4月16日の社説で、フランスの『ルモンド』紙が社説で台湾問題をとりあげているのも、そのような認識が背後にあるのではないか[Editorial, “Taïwan : rester ferme avec la Chine sans la provoquer (台湾:中国を挑発せず、それでもなお毅然と立ち向かう)”, Le Monde, April 16, 2021]。そしてそこでは日米両国、さらにはEUが、中国を挑発することなくしかしながら毅然たる態度で中国の行動に対峙する必要があることを指摘している。フランスの新聞の社説で、これほどまで切迫感を以て台湾問題がとりあげられるということ自体、この問題がグローバルなレベルでの安全保障問題として注目されていることの証左であろう。

 他方で、中国からみれば、アメリカが外部から「中国の国内問題」である台湾問題に介入して、国家分裂を背後で煽っている構図となっている。そのことは中国の反国家分裂法に正面から抵触するような、到底容認できない挑発とみられている。4月12日付の『環球時報』紙の社説では、アメリカが「サラミをスライスし続ける」ことによって、事実上、台湾の独立を背後で推進しようとしていると、アメリカ政策の台湾政策を厳しく批判する[「美台情报战舆论战对大陆都不管用(米台の情報戦、世論戦は大陸に対しては役に立たない。)」『环球网』、2021年4月12日]。またそこでは、中国という国家を分裂させることに対して、必要な場合には中国は軍事力を行使せざるをえなくなる場合があると論じている。中国国内においても、台湾独立による国家分裂を阻止するためにも、台湾海峡での米中間の武力衝突が将来的に不可避であると感じさせる論調が強まっているのかもしれない。

 アメリカ国内において、台湾問題をめぐりアメリカが距離をとる必要を主張し、より抑制的な政策を求めているのが、ジョージ・ワシントン大学教授の国際政治学者、チャールズ・グレイザーである[Charles Glaser, “Washington Is Avoiding the Tough Questions on Taiwan and China: The Case for Reconsidering U.S. Commitments in East Asia(ワシントンは中台関係の難しい問題に答えようとしていない:東アジアでのコミットメントの見直すべき理由)” , Foreign Affairs, April 28, 2021]。グレイザーは防御的リアリズムの国際政治理論に基づいて、米中間の戦争を防ぐためにも、またアメリカ自らの国益のためにも、アメリカの東アジア戦略を見直して過度な台湾への関与に慎重であるべきだと主張する。台湾防衛のために無限にアメリカの関与を拡大し、そして防衛費を拡大し続けることは、アメリカの国益にはそぐわない。中国との協調的関係を維持するためにも、このような台湾関与からの後退を求める議論は従来からアメリカ国内で見られるものであり、2014年にはネオ・リアリズムの代表的な国際政治学者であるジョン・ミアシャイマー・シカゴ大学教授が「台湾に別れを告げよ」と題する『ナショナル・インタレスト』誌に掲載した論文で主張した内容とも重なる。

 米中協調を復元させるために、過度に中国を脅威として位置づけるような現在の政策を見直すことを求めるのは、クインジー研究所の中国専門家、マイケル・スウェインである。スウェインは『フォーリン・ポリシー』誌に「中国はアメリカにとっての実存的な脅威ではない」と題する論文を寄せて、アメリカが中国と共存するかたちで、より穏健なアジア政策を立案することを主張する[Michael D. Swaine, “China Doesn’t Pose an Existential Threat for America(中国はアメリカにとっての実存的な脅威ではない)”, Foreign Policy, April 21, 2021]。ただし、かつてオバマ政権では幅広く見られたこのような米中協調を求める論調は、現状の中国の攻撃的な軍事行動を前提にする限り、アメリカ国内で一定以上の同意を求めるのは難しいかも知れない。しかし、そのような介入主義批判、対中強硬政策批判が、アメリカの専門家の間でも根強く存在していることは留意すべきだ。

 より抑制的な論調で同様な主張を行っているのが、ジェレミー・シャピロが『フォーリン・アフェアーズ』誌に掲載した論文である[Jeremy Shapiro, “Biden’s Everything Doctrine The Mantle of Global Leadership Doesn’t Fit a Foreign Policy for the Middle Class(バイデンの贅沢なドクトリン:グローバル・リーダーであり続けることと中間層のための外交は両立できない)”, Foreign Affairs, April 22, 2021]。すなわち、バイデン政権が「中間層のための対外政策」を推進するのであれば、現在のようにアメリカがグローバル・リーダーとしてインド太平洋に深く関与するような政策は、それとは両立不可能だとシャピロは論じる。バイデン政権は、より限定的で抑制的な対外関与を求める民主党内左派支持層の声を十分に留意せねばならない。現在のバイデン大統領や、ブリンケン国務長官、サリバン大統領補佐官らが進める、より積極的で躍動的な対外政策は、いずれは大きな壁に突きあたるであろう。

 そもそも、中国が求めている世界秩序を、本当に国際社会は拒絶しているのであろうか。むしろ、世界の多数の諸国は、国家主権を重視して、国内問題への過度な干渉主義を嫌い、アメリカが覇権的な地位を有する秩序ではなくより水平的で多極的な秩序を求めているのではないか。ハーバード大学教授のスティーブン・ウォルトは、世界は必ずしも中国がアピールするルールを否定しているわけではないのではないかと、冷静に米中対立の構図を位置づけている[Stephen M. Walt, ” The World Might Want China’s Rules (世界は中国のルールを望んでいるのかもしれない)”, Foreign Policy, May 4, 2021]。

 同様に、ジャーナリストであり、また現在はジョージタウン大学で教鞭を執るアナトール・リーヴェンは、気候変動問題を重視してそれに優先的に対応していくことがバイデン政権の政策であるべきだと論じる[Anatol Lieven, “If climate change is a ‘priority,’ Biden must shed the cold war approach to China(気候変動が「プライオリティ」なのだとしたら、バイデン政権は中国に対する冷戦的なアプローチを止めなければならない)”, Quincy Institute for Responsible Statecraft, April 21, 2021]。そうだとすれば、冷戦的な中国に対する対決路線をとるべきではない。シカゴ外交問題評議会の昨年の調査では、民主党支持層は、アメリカにとっての最大の脅威は気候変動問題だとみなしている。いずれそのような民主党支持層の圧力を受けて、バイデン政権はより不介入主義の方向へと対外政策の基軸を移していくことになるかもしれない。

 ストックホルム国際平和研究所のプレスリリースによると、パンデミックに世界が苦しんだ2020年において、世界でのGDPの合計が4.4%縮小した一方で、軍事費は2.6%増大している[Stockholm International Peace Research Institute, “World military spending rises to almost $2 trillion in 2020(2020年の世界の軍事支出は2兆ドルに迫っている)”, Stockholm International Peace Research Institute, April 26, 2021]。この結果として、世界でのGDPの合計に占める軍事費の比率が、平均で2.4%となり、これは前年よりも大きく拡大したことを意味する。コロナ禍による経済的な困難にも拘わらず、米中対立に象徴されるように国際的な緊張は高まっており、それを受けて主要国は軍事費を増大させているのだ。このことは、日本の防衛政策にも示唆的である。

 はたしてこのまま米中対立は深刻化して、最終的にはこの二つの大国の間で軍事衝突に帰結するのであろうか。それを考慮する上で、興味深い一つの文章が4月15日付のマカオの新聞に静かに掲載された。温家宝前首相による、亡き母親への手紙である[温家宝(Wen Jiabao)「【清明追憶】我的母親(四)(清明節の追憶:私の母親)」『澳門導報』、2021年4月15日]。これが現在の習近平体制に対する批判ではないかと噂され、急速に拡散していったこの温家宝前首相の新聞への寄稿は、間もなくして中国国内では閲覧不可能となった。4回連載で書かれたこの前首相の手紙は、最初の3回分は比較的落ち着いた論調で、母親への愛情を語り、そして母親が自らに語った言葉を紹介する。ところが4回目になると、突然現体制への批判であるかのように、中国で誠実さ、質素さ、善良な心が偽造されて、失われていることを憂う言葉を並べる。そして母親の愛情や恩情を回顧して、貧しい人に同情し、いじめと圧迫には反対することが必要なことだと語った母の言葉を引用している。自らの心、目の中の中国は、公平であり、正義に満ちあふれた国家であるべきだと述べて、自らの思いを吐露している。はたしてどのような意図で温家宝前首相がこの文章を書いたのかは、推測するほかないが、それでも中国国内からこのような声が聞こえてくるのは注目に値する。

【提供:API国際情勢ブリーフィング
 

細谷雄一
1971年生まれ。API 研究主幹・慶應義塾大学法学部教授。94年立教大学法学部卒。96年英国バーミンガム大学大学院国際学研究科修士課程修了。2000年慶應義塾大学大学院法学研究科博士課程修了(法学博士)。北海道大学専任講師、慶應義塾大学法学部准教授などを経て、2011年より現職。著作に『戦後国際秩序とイギリス外交――戦後ヨーロッパの形成1945年~1951年』(創文社、サントリー学芸賞)、『外交による平和――アンソニー・イーデンと二十世紀の国際政治』(有斐閣、政治研究櫻田會奨励賞)、『大英帝国の外交官』(筑摩書房)、『倫理的な戦争』(慶應義塾大学出版会、読売・吉野作造賞)、『戦後史の解放I 歴史認識とは何か: 日露戦争からアジア太平洋戦争まで』(新潮選書)など多数。

Foresight 2021年6月1日掲載

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