国際政治論壇レビュー(2021年5月-1) 国際政治論壇レビュー(1)

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概観

   4月16日にワシントンDCで行われた日米首脳会談は、よりいっそう深刻化した米中対立と、大陸からの軍事的圧力の増す台湾の安全保障問題を背景として、画期的ないくつかの成果を含む日米首脳共同声明と、二つの別添文書に帰結した。これはまた、インド太平洋地域において日米同盟がその中核に位置することを示すものでもあった。

   そのような成功には、いくつかの理由がある。まず、バイデン新政権が、それまで日本が促進してきた「自由で開かれたインド太平洋」構想への力強い支持を行ったことによって、両者が同じ目的を共有するようになったことは大きな意義がある。だがそれ以上に重要なのは、おそらく日米首脳会談での第2の別添文書、すなわち「日米競争力・強靱性(コア)パートナーシップ」で示されているような、日本や他の同盟諸国およびパートナー諸国との提携を通じて、アメリカの技術力、競争力を回復することが目指されていることであろう。アメリカは、米中対立における重要な領域として先端技術をめぐる競争を意識して、アメリカのこの分野の競争力回復が国内経済的にも、また国際社会における米中対立における優位性を確立するためにも、不可欠であると考えているのであろう。

   このような、日米首脳会談の成功と、とりわけ台湾問題をめぐる米中対立の熾烈化は連動している。というのも、今回の日米首脳会談の共同声明で、「台湾海峡の平和と安全」という文言が含まれているからである。はたして、日本は日米同盟を強化することによって、中国との対立の側面が増していき、経済的なデカップリングも進むのであろうか。あるいは、中国との良好な経済関係を維持したまま、安全保障の領域でアメリカとの一体化を進めることは可能なのだろうか。これらの問題をめぐり、この一ヵ月の間に見られた国際論壇における主要な論考を、以下で見ていくことにしたい。

1.成功に終わった日米首脳会談

   2021年4月16日に行われた日米首脳会談は、米中対立の構図がより明瞭になるなかで、自由民主主義諸国が結束し、インド太平洋地域の国際秩序に日米同盟を位置づけることを企図した共同声明を発表した。この日米首脳会談の成果は、日米両国にとっては同盟を強化して、台頭する中国に対する抑止力を構築しようとする上で歓迎すべきものといえるが、他方で中国からすれば日本が日中協力から離れて、台湾問題に介入しようとする好ましからざる、そして警戒すべき動きである。

   菅義偉首相は昨年9月の首相就任以後、基本的に安倍政権の外交路線を踏襲することを繰り返し明言し、「自由で開かれたインド太平洋」構想を促進する政策を継続してきた。今年1月28日の日米電話首脳会談でバイデン大統領は、日米同盟強化について深く関与する姿勢を示し、日本政府の方針に同調して「自由で開かれたインド太平洋」構想への強い支持を示すことになった。それまでバイデン政権は、この構想がトランプ大統領の構想であるとみなし、この用語をあえて使わずに、「安定して繁栄したインド太平洋」というような独自のフレーズを用いていた。だが、バイデン大統領は日本政府の要望を受けて、この日本政府の重要な外交イニシアティブを支える方針へと転換した。

   3月にオンラインで行われた、はじめてとなる日米豪印四ヵ国によるクアッド首脳会談(オンライン)や、東京で行われた対面での外務・防衛「2+2」の日米安全保障協議委員会を通じて、バイデン新政権はそれまで以上に日米同盟に大きな比重を置いている。そのことは、対面で最初となる首脳会談の相手を、日本の菅首相に選定したことにも示されている。仏戦略財団でアジア担当ディレクターをしているヴァレリー・ニケは、バイデン政権が日本を重視したインド太平洋政策を展開している理由として、「共通価値」を重視した外交である特徴を指摘する[Valérie Niquet, “Washington attend davantage de Tokyo que des déclarations de principe sur les “valeurs communes” (ワシントンは、東京が「共通の価値」の理念を宣言することを今まで以上に待っている)”, Le Monde, April 16, 2021,]。菅政権もまた、そのように日本とアメリカが「共通価値」を擁する同盟であることを宣言する重要性を認識している。そのような価値の重視、そして米中間での体制間競争を行っている現実が、インド太平洋における日本の戦略的価値を高めたのである。

   この日米首脳会談は、通訳のみを挟んだ非公開のテタテ(1対1会合)を含めて、友好的な雰囲気が満ちていた。このことは、従来の安倍=トランプ時代の「トップダウン」の政策決定から、外務省や国務省が主導する外交へと転換しつつあることの証左であろう。いわば、外交のプロフェッショナルの間で事前に十分に調整を行い、周到な準備を行った首脳会談であった。それゆえ『フォーリン・ポリシー』誌副編集長のマイケル・ハーシュは、この日米首脳会談を、「失敗できない会談」と呼んだ[Michael Hirsh, “The Summit That Can’t Fail(失敗できない会談)”, Foreign Policy, April 14, 2021,]。

   実際に、今回の菅=バイデン会談について、欧米のメディアでは好意的にそれを評価する論調が色濃かった。たとえば、ブルッキングス研究所シニア・フェローの、アメリカを代表する日本外交専門家の一人であるミレア・ソリスは、「やればできる精神(‘can-do’ spirit)」という言葉を用いて、困難な米中対立の構造の中で、日米同盟が想定されている以上に大きな役割を担うことができるという楽観的な視座を提示している[Mireya Solís, “Suga-Biden summit to rekindle ‘can-do’ spirit of the US-Japan alli-ance(菅-バイデン首脳会談は日米同盟の「やればできる」スピリッツを再び燃え上がらせる)”, The Brookings Institution, April 13, 2021,]。また、ランド研究所の日米安全保障関係の専門家、ジェフリー・ホーナンも、バイデン政権の対外政策において日本が、「ナンバー・ワン」の優先準備を占めるようになったことはいわば必然であると述べ、「自由で開かれたインド太平洋」構想も、あるいはバイデン政権が強く推進する「クアッド」の協調も、安倍晋三前首相の長年の指導力の帰結であると評価する[Jeffrey W. Hornung, “Biden puts Japan at the center of US policy in Asia”(バイデン大統領は日本をアジア政策の中心に据えた), NIKKEI Asia, April 11, 2021,]。インド太平洋地域においていまや日本は、国際政治のダイナミズムを創りだす存在となった。さらに外交専門家でありコラムニストであるウォルター・ラッセル・ミードも、『ウォール・ストリート・ジャーナル』紙でのコラムで、日本外交が重要な役割を担っていることを強調している[Walter Russell Mead, “Tokyo Flexes Its Talons(日本はまだ爪を立てている)”, The Wall Street Journal, April 19, 2021,]。

   菅義偉首相自ら、米紙の『ウォール・ストリート・ジャーナル』に寄稿した「インド太平洋での成長と安定へ向けた日本の進路」と題する原稿のなかで、現在日本はグリーン・ディールとデジタル戦略という二つの政策領域において、積極的に改革を行い、前進をしていると説明する。そして、保護主義が強まるなかで、日本こそが自由貿易を擁護する旗手として、これからも指導的な役割を担うだろうと、自らの強い意欲を語っている[Yoshihide Suga, “Japan’s Path to Growth and Stability in the Pacific(インド太平洋での成長と安定へ向けた日本の進路)”, The Wall Street Journal, April 14, 2021,]。とはいえ、今回の日米首脳会談を実際に支配した議題は、環境問題でもデジタル政策でもなく、米中対立の中での台湾の安全をめぐる問題であった。ビル・パウウェルによる『ニューズウィーク』誌での菅義偉首相へのインタビュー記事は、そのような台湾の問題にも触れた興味深い内容となっている[Bill Powell, “Japanese Prime Minister Yoshihide Suga, Biden’s First Foreign Visitor, on the Challenge of China(バイデン大統領にとって最初の外国からの訪問者である日本の首相菅義偉氏、中国の挑戦について語る)”, Newsweek, April 18, 2021,]。菅首相訪米時の独占インタビューをもとにしたこの記事では、日本を「同盟国の長(Ally-in-Chief)」と位置づけ、さらには表紙に菅義偉首相の顔を載せている。日本の首相の顔が『ニューズウィーク』誌の表紙となるのは、吉田茂首相以来ともいわれる。そのことは、アメリカの対外政策において日本の占める地位が大きくなったことの一つの帰結ともいえる。

   一方で、中国の側から見れば、米中対立の構図の中で日本が一線を越えてアメリカと一体化していることを意味する。日米首脳会談の翌日、4月17日付の『環球時報』の社説では、「日米同盟はアジア太平洋の平和に危害を加える軸となった」というタイトルで、日本がアメリカに迎合してよりいっそう対中強硬路線をとるようになったことに警告を発する[「美日同盟正成为危害亚太和平的轴心(日米同盟はアジア太平洋の平和に危害を加える軸となった)」『环球网』、2021年4月17日]。とりわけ台湾問題に対して、日本は自らの国益を考えてそこに関与することがないように、強い論調で警鐘を鳴らしている。依然として中国からみると、日本が中国市場へと経済的に依存しており、また軍事衝突に巻き込まれることを国民が嫌悪していることからも、日本政府が引き続き台湾問題に関与することがないことを期待しているのであろう。

   日本がはたして、どのようにして、対米戦略と対中戦略を整合させるのか、これから日本外交の真価が問われる。

【提供:API国際情勢ブリーフィング

細谷雄一
1971年生まれ。API 研究主幹・慶應義塾大学法学部教授。94年立教大学法学部卒。96年英国バーミンガム大学大学院国際学研究科修士課程修了。2000年慶應義塾大学大学院法学研究科博士課程修了(法学博士)。北海道大学専任講師、慶應義塾大学法学部准教授などを経て、2011年より現職。著作に『戦後国際秩序とイギリス外交――戦後ヨーロッパの形成1945年~1951年』(創文社、サントリー学芸賞)、『外交による平和――アンソニー・イーデンと二十世紀の国際政治』(有斐閣、政治研究櫻田會奨励賞)、『大英帝国の外交官』(筑摩書房)、『倫理的な戦争』(慶應義塾大学出版会、読売・吉野作造賞)、『戦後史の解放I 歴史認識とは何か: 日露戦争からアジア太平洋戦争まで』(新潮選書)など多数。

Foresight 2021年5月31日掲載

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