「終活」は本当にすべきか 遺族の本音、相続トラブル、「遺言信託」のワナ

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遺族が決める余地を

 だが、こうした故人の遺志と遺族の本音に大きな乖離が起こってしまうこともあると二村氏は言う。

「がんを患った40代の女性が余命宣告を受け、『自分が死んだら海に散骨してほしい』と家族に告げたんです。彼女には夫と大学生、高校生の息子2人がいましてね。外国の海への散骨を望まれていましたので、遺族はわざわざ渡航までして想いを叶えてあげた。ところが、いざ散骨を終えると子供たちから『僕たち、お彼岸の時はどうしたらいいのでしょう』と相談を受けたんです。亡くなった母親の遺志を実現することで頭がいっぱいになってしまい、自分たちの弔いの場所が必要であると、ようやく気づいたようなんです。幸いこの時は全ての遺骨を撒かず、一部を記念のために保管していた。それを散骨した国のバラの咲き誇る墓地に埋葬し、遺族は時々渡航しては『墓参り』をしているとのことでした」

 故人を偲ぶ形式は千差万別で、墓という存在が必要な遺族もいるのだ。

「嫁に出した一人娘に迷惑がかかるだろうからと、わざわざ『墓じまい』の手続きを済ませた70代男性のケースでは、後になって娘さんから『どうして大事なお墓をなくしてしまったのか』と言われたそうです。こうした話を聞いていると、いくら故人が望んでいるからといってその通りにすべきとも限らない。そこは臨機応変に、遺族が決める余地があるほうがいいのだと思いますね」

 20年ちかく葬祭関連のセミナーを開催してきた二村氏は、こう提言する。

「葬式や墓など、死んだ後に関する自分の希望は2割にとどめ、残り8割は遺族に委ねるくらいの心持ちでよいと思います。全部自分で決めてしまおうと思わずに、無責任に“俺は知らん”と家族に言ってもいい。『終活』という言葉にのっかったメディアやビジネスの煽りを受けて、何から何までしなければいけない、というある種の強迫観念を多くの人が感じているのではないでしょうか」

備えあっても「相続トラブル」

 ここまで見てきた通り、備えあれば憂いなしといかないのが「終活」の厄介なところ。中でも葬儀や墓の問題と共に遺族を悩ませるのが、故人の遺産をどう相続するかという問題である。

 どうせ大した遺産などないから家族も揉めまいと高を括ることなかれ。司法統計年報を見ると、令和元年度は、全国の家庭裁判所で扱われた遺産分割事件(認容・調停成立)の実に3分の1強が、1千万円以下の遺産をめぐるものだった。つまりは額の大小に関係なく、揉める時は揉めるというわけなのだ。

「相続で“争族”になる、なんて言いますが、遺産を分ける際はどうしても親族間の心情が絡んできます。我が家は円満だからと口約束で済ませ、遺言書などいらないという方もいますが、事前に書面を用意しておくことは大切だと思います」

 とは、医療介護から死後事務までのライフサポートを行う一般社団法人LMN代表の遠藤英樹氏だ。

「4年ほど前、どうも体調が芳しくないという80代の男性から、事実婚状態にある65歳の妻に遺産を全て相続させたいという相談を受けたことがありました。彼は前妻との間に2人の子供がいましたが、どちらも飲食店を経営して羽振りがいい。その男性は『遺産は放棄しろと息子たちに言ってあるから遺言書は作らなくて大丈夫』と仰っていましたが、私としては用意すべきだと感じました。実際、コロナ禍で飲食店は大打撃を受けていますから、今ごろ息子さんたちの財政状況は急激に悪化しているかもしれません。どんなに家族の仲がよくても、社会状況の変化で未来のことはどうなるか分かりません」

 とはいえ、遺言書を準備しても油断は禁物だ。80代の母親が亡くなり、相談者である60代男性とその弟2人の3兄弟が遺産を相続したケースについて、遠藤氏はこう振り返る。

「長兄である相談者は、自宅で母親と同居して面倒をみてきました。亡くなった母親は遺言書を遺していたそうですが、きっと“世話してくれた長男に多くの遺産を渡す”と書かれているであろうと予想した弟2人が、封を切らずに破って捨ててしまったというのです。公証役場に保管される公正証書遺言であればこうした事態は生じないのですが、自筆遺言書の場合は控えを用意するか、今は法務局が預かる制度もあるので、それを利用した方がいいと思います。破られてしまったら誰も中身を知りませんから、あとは遺族の話し合いで遺産分割するしかないでしょう」

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