ただの引っ越しを「移住」と呼ぶのをやめました 山田詠美さんの鋭すぎる指摘を受けて(中川淳一郎)
以前、作家の山田詠美さんが雑誌のコラムで「なんで『移住』って言うの? 『引っ越し』じゃないの?」と意見しました。これを読んだ時、私も「アイヤー!」とドギマギしました。というのも、私も昨年11月に東京から佐賀県唐津市に「移住」したのですが、山田さんから「ねぇねぇ中川君さぁ、アンタ、単に引っ越しただけなのに『移住』だなんて、気取ってない?」と言われたような気がしたのです。
速報「娘はフェイク情報を信じて拒食症で死んだ」「同級生が違法薬物にハマり行方不明に」 豪「SNS禁止法」の深刻過ぎる背景
速報「ウンチでも食ってろ!と写真を添付し…」 兵庫県知事選、斎藤元彦氏の対抗馬らが受けた暴言、いやがらせの数々
山田さんのこの指摘は実に鋭い。このコラムを読んで以降、私は「移住」と言うのはやめ、「引っ越し」と言うようになりました。「移住」と言うと、なんかカッコいい感じがあるんですよ。今までの都会の生活に終止符を打ち、素敵な田舎ライフで第二の人生を謳歌するのです、私は! 都会にしがみついているあなたとは違うんです! といった意味合いが「移住」にはあるのですね。だからこそ「人生の楽園」(テレビ朝日系)のような、移住者がいかにステキライフを送っているか、を伝える番組が高視聴率を得ているわけです。
そういった意味で「移住」という言葉自体が非常にキラキラしたイメージがあるのですが、「移住」と「引っ越し」は一体何が違うのか? これはかなり重要な問題提起です。
私は東京にいた時は立川→恵比寿→駒場東大前→池ノ上→代々木八幡といった形で次々と「引っ越し」をしました。この時は一切「移住」なんて言葉は使っておりません。立川と恵比寿なんて遠いですが、東京都内ということで「移住」ではなかった。なんで都内だと「移住」じゃないんですかね? でも、桧原村や青ヶ島に移り住んだら「移住」になるんですよね。やっぱり分からん!
そう考えると、今回の東京→唐津にしても距離こそありますが「引っ越し」ですし、「夜逃げ」にも近い形で東京を離れただけです。それを「移住」というキレイな言葉で括ったのですが、ここの欺瞞性を山田さんは見事に突いてきたのですね。
日本語というものはさまざまな言い換えがあります。単なる売春を「援助交際」だの「パパ活」と言う。そう考えると「移住」にしても「都落ち」ではあまりにも可哀想だから採用された言葉なのでは……なんてことも思います。
シンガポールやマレーシアに引っ越したら「移住」という言われ方をするでしょう。それなのに東京がウザくて大阪の中心部に移っても「移住」とは言われないような気がする。一体「移住」ってなんなのか!
山田さんの問題提起は、佐賀県唐津市に移った私がこれから解き明かしていきたいと考えております。ただ、全然縁もゆかりもない唐津に住み始めてから人生、かなり面白くなっているような気はします。本誌・週刊新潮編集者のF氏もわざわざ唐津まで来てくれましたし、多くの東京人が佐賀まで来てくれます。
いや、やっぱ山田さんの「移住と引っ越し、何が違うの?」という指摘は鋭すぎる。そう考えると数年前、「忖度」という言葉がヒットしましたがこれも「ペコペコ」「服従するバカ」でしかない。なぜ、日本語はここまで誰かのために配慮をする表現がまかり通るのですかね? 「バカ!」「地獄に落ちろ!」と英語風に直接言っていいと思います。