中国当局からスパイ容疑で116日間拘束された「在日華僑」 “恐怖の取調べ”と“真の狙い”を語る

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精神的な拷問

「王は何を言ったのか」「王と会話したのは何度か」……。延々と続く取り調べの中身は鮮明に記憶している。「彼らは王毅さん(※註1)のことを『王は……』と呼び捨てにし、日本での言動を徹底的に洗い出そうとしていた」――こう証言するのは、岡山県華僑華人総会の劉勝徳(りゅう・かつのり)会長(75)だ。(ジャーナリスト・吉村剛史)

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※註1:王毅(67)。中華人民共和国国務委員兼外相。2004~07年、駐日大使を務めた。

 劉氏は1946年、島根県出雲市生まれの在日華僑二世。父親は福建省出身で、家業の衣料品店は継がず、長年、中国公館とも連携して在日華僑・華人、中国人留学生の地位向上や生活、学業支援、日中友好行事や交流促進行事などに尽力した筋金入りの華僑活動家だ。

 30代で岡山に出て中華料理店の支配人を務め、その後、本国の支援も得て独立を果たし、一時は地元で名の通った中華料理店「天安門」の経営者となった立志伝中の老華僑で、西日本華僑・華人社会の重鎮としても知られている。

 ところが2016年11月22日、通訳の中国人男性と一緒に江蘇省蘇州市内で身柄を確保され、約1カ月後に天津に移送。翌2017年3月17日まで、計116日間にわたって厳しい尋問を受けた。

「男たちは国家安全部所属と名乗り、『スパイ容疑で拘束600日』と告げ、以後、私は24時間、彼らの監視下に置かれた」(劉氏)

「銃殺刑とか拘束10年もあり得ると脅された上に、連日連夜の取り調べ。かつての王毅駐日大使との関係や、王毅氏が岡山県での公演で語った内容を繰り返し聞かれた挙げ句、ポリグラフ検査(うそ発見器)にまでかけられた」(同)

最初は大歓迎

 岡山市の自宅に帰宅を果たした直後、A4判用紙11枚分の“拘束・拷問体験記”、「岡山県華僑華人総会 業務訪中時 身柄拘束事件」を日本語で一気に書き上げた。

 その詳細は先ごろ上梓した拙著『アジア血風録』(MdN新書 https://amzn.to/3t3lldI)に詳しい。今回、劉氏は改めて私のインタビューに応じ、「中国共産党の恐怖政治に物申したい」「誇りに思える祖国であってほしい」と心境を吐露した。

『アジア血風録』の中でも、体験記は引用している。少し長いが再引用させていただこう。

 劉氏が書き上げた“拘束・拷問体験記”は次のように始まる。(以下、文中の※は筆者補足)。

《二〇一六年一一月二一日(月)岡山空港から中國東方航空を利用し、張家港市澳洋病院(※張家港澳洋医院)へ。招待総会業務打ち合わせの為、部下の姜××君(通訳=※原文は氏名ともに記録、当時の総会事務局長)と共に出発。(※中略)(※上海)浦東(※国際)空港で招待病院からの出迎えの方と合流。一路病院へ。(※中略)(※病院長らからの)歓迎と出迎えを受け院内視察。いよいよ目的である今後の(※医療ツアー)相互協力の会議に入る。

(一)澳洋病院国際センターは、岡山県華僑華人総会・中國旅行社との協力のもと事業展開を行う》

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