7月末までの高齢者のワクチン接種完了は不可能? 東京都「難しいという認識」
トイレ、下水のPCR検査
インド株が世界的に猛威を振るい、政府は「人流を止めろ」と言うが、専門家が指摘するのは、リスクが高い場所とそうでない場所の切り分けである。また、政府は7月末までに高齢者へのワクチン接種を完了させると言うが、実際には現実的ではないようで――。
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インドで感染爆発した理由を考えると、生体防御学の権威、大阪市立大学名誉教授で現代適塾塾長の井上正康氏の次の指摘が説得力をもつ。
「コロナの侵入口は口や鼻ですが、主要な排泄ルートはトイレなので、手洗いやうがい以外に、鼻洗浄とトイレのアルコール除菌が盲点です。アルコール消毒はトイレの個室の内側に置いたほうがよく、使ったあと便座とドアノブにひと噴きすれば、感染は減ります」
ところが政府も自治体も分科会も、「人流を止めろ」と言うばかりで、トイレが危ないという初歩の知識を周知しないのは、どういうわけか。井上氏は、
「唾液を検査して陰性になるような場合も、便を調べると、発症の2週間前でも陽性になる。このため、下水道のPCR検査をすると、その上流のクラスターがわかる、という国際論文も昨年発表されています」
と加えるが、東京大学AI生命倫理・疫学解析研究コア統括責任者の伊東乾氏もこう提言するのだ。
「たとえば飛行機のトイレにPCR検査をすれば、水際の防御は強くなる。また、地域ごとの封じ込めに、下水のPCR検査を提案したい。ウイルスが人に感染するかなり前に危険な場所を特定できるので、非常に有効で、同じ町内でも1丁目は自粛で2丁目はオーケーというように、細かくエリア防衛できる。各方面への自粛要請にくらべ、人々のストレスや経済的ダメージも少なくてすみます」
「反省や検証がまったくない」
ところが、残念ながら現実は、緊急事態宣言とその延長の繰り返しである。医師でもある、東京大学大学院法学政治学研究科の米村滋人教授が呆れて言う。
「必要なのは、緊急事態宣言なしでも通常の生活を送れるようにする体制づくり。日常を取り戻すには、それを目指すための方向性が不可欠なのに、まったくできていません。どこで感染が増えているのか、リスクが高い焦点になる場所をしっかりと把握し、ピンポイントで対策をうつことが一番大事です。緊急事態宣言が延長されましたが、なぜ感染を抑え込めず、延長せざるをえなかったのか、反省や検証がまったくないのが、私には理解できません」
また、今回の延長では東京都などが、劇場や遊園地は営業させるが映画館や美術館への休業要請を続ける、といった意味不明の区分けを独自に行い、混乱に拍車をかけている。それについても米村教授は手厳しい。
「どこがマズい場所で、どこは大丈夫なのか、限定の仕方がわからないから、目立つところに休業要請を出すという発想になり、判断を間違えるのです。本来ならクラスターが発生しやすい場所、高齢者が感染しやすい場所を政府が特定する努力をし、それをもとに自粛要請すべきで、美術館や映画館など、感染リスクが高くないと認定できる施設は少なくないはずです」
7月末までの高齢者へのワクチン接種は可能なのか
感染が拡大して1年以上経っても、敵を見定めずやみくもに自粛を求めるのは、帝国陸軍による史上最悪の作戦で、補給がないまま兵のほとんどが死んだインパール作戦の再来のようである。だが、当初の予定通りにワクチンが届いていれば、状況はまったく違ったはずで、ワクチンという兵站(へいたん)もないまま国民に休業や自粛を押しつけるのも、さながらインパール作戦だ。埼玉医科大学の松井政則准教授が憤る。
「政府の責任でワクチンの量が少ないのが現状の原因なのに、それを棚に上げて人流がどうだの、よく言えたものです。大部分の国民はマスクをし、距離をとり、飲食を我慢し、しっかりやっています。さらに自粛を強いれば国民はうんざりして当然で、それよりワクチンの確保と接種の体制づくりに注力してほしい」
政府は7月末までに高齢者へのワクチン接種を終えると強弁しているが、本当に可能なのか。内閣官房の河野大臣室に尋ねると、
「4月末に厚労省がスケジュールを発表し、それにもとづきワクチンが配送されます。4月末までに高齢者向けに配送し終わったのが、全国で6841箱。今後は5月10日から1万6千箱、24日から1万3千箱、6月7日から1万3435箱、21日から1万3434箱、計6万2710箱が配送されます」
1箱で平均千回強は打てるので、これで高齢者3549万人への2回の接種が可能だという。
東京都は「7月末までというのは難しい」
だが、東京都内の自治体のワクチン担当者に聞いても、
「接種会場まで来られず、自宅での接種が必要な方への対応等は懸案事項で、7月末までというのは難しいという認識です。一番の課題は予約体制。インターネットも電話もアクセス数が多く、職員が休日まで働いても対応できていません」
しかも、それは予定通りワクチンが届くことが前提の話である。ちなみに、仮に7月までに高齢者への接種が終われば、
「重症化リスクがある高齢者が守られることで、過重な労働が続いていた医療機関の負担は大幅に軽減され、医療崩壊のリスクも下がるでしょう。施設でのクラスターが減り、高齢者施設への面会の規制もゆるくなり、親の死に目に会えないことも減ると思います。感染者数が多い、少ない、の受け止め方も変わり、自粛をお願いする基準も変わってくると思います」
と、東京歯科大学市川総合病院の寺嶋毅教授。だからこそ、政府には是が非でもワクチンという兵站を揃え、接種を進めてもらうしかないのである。