三浦友和×林真理子 誰にでも降りかかる「引きこもり」と「介護」の親子問題

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夫の心ない一言が…

 家族のため、子どものため、私はこんなに一生懸命やっているのに……って。女性は自分だけが損していると思い込みがちだから、いつか夫も同じくらい酷い目にあわせてやりたいと思ってしまうのでしょうね。特に節子は、正樹の父親の介護と息子の中学受験が重なって追い詰められて、それが彼女を変えたという設定にしました。介護は、特に妻にとっては大きな問題なので。

三浦 確かにその通りですね。僕は仕事で外に出ていることが多いので、家のことに関しては妻(山口百恵)に頼りっきりでした。少し前から施設のお世話になっていますが、僕の両親が一緒に暮らしていた時は、妻が二人のケアをしてくれて、それは大変だったと思います。母親が立ち上がるのを助けて、妻がぎっくり腰になってしまったこともありました。

 やさしい奥様ですね。

三浦 我が家の場合、医者やケアマネージャー、訪問介護、訪問医療の方々の助けを借りてなんとかやってこられました。そういう面では、この国は駄目ですね。介護にお金がかかってしまうので、老人と子どもに優しくない国になってしまっている。僕の場合は、やはり妻に一番負担をかけてしまいました。

 正樹のように昭和世代を引きずっている人たちは、妻が背負っている家の中の大変さが分からないのでしょう。

三浦 小説の中で正樹は引きこもった翔太のことで妻に「お前の育て方が悪かったんだ」と言ってしまう。これは絶対に禁句ですね。言葉の弾みでも言ってはいけない。夫婦関係が崩壊してしまいます。

 そうなんです。この小説には、絶対妻に言ってはいけないセリフを全篇にちりばめました。「お前が好き勝手に家を空けるから、子どもの成績が上がらない」とか、私はしょっちゅう夫に文句を言われていますから(笑)。でも、お母さんが楽しそうに生きているのと、子どもの成績を上げようと必死になっているのと、どちらがいいと思いますか? 私はお母さんが楽しそうに生きているのが、子どもにとって一番いいような気がしています。でも夫は、母親というものは自分を犠牲にして子どものために生きるものだと思っている。

三浦 夫の心ない一言が、妻の「献身」を「犠牲」に変えてしまうのか。やっぱり女性は怖いですね。

 「こんなに女の怖さや醜さを描いてどうするんだ、女の敵だ」とフェミニズムの先生方によく怒られます。

三浦 我が家は十数年前に息子二人が独立して家を出たので、また夫婦二人の生活に戻りました。でも、離れたから絆が断たれるという感じではありません。

 今の世の中で子どもを社会に出したら、それだけですごいことだと思っています。親は拍手してもらってもいい。後は子どもが何をしても、責任を問われなくてもいいと思うんです。

三浦 確かに、いい大人になった子どもが不祥事を起こした時に、親までが責任を問われる風潮には違和感があります。

 芸能界では特に、親が謝罪会見を開くこともありますよね。あと、不倫した夫のために妻が謝るのもおかしい。

三浦 それは週刊誌はじめマスコミのせいでしょう。親の言動に子どもの不祥事の原因を探しても見つからない。でも、万が一、息子が何かやらかしてしまったら、僕は出て行って謝りますよ。なぜなら、そうしないとマスコミは収まらないからです。

 もし三浦さんの友人が引きこもりの子を持つ正樹のような状況だったら、どんな言葉をかけますか。

三浦 難しいですね。そこに至った原因も千差万別でしょうし。この小説でも、息子の気持ちを動かしたのは、父親が自分をさらけ出した瞬間でした。何をしたらいいか、ではなくて、弱さも駄目なところも、自分の中にあるものを全部ぶつけたほうがいい、とは言えるかもしれません。

本気で向き合っていますか

 親戚など、信頼できる両親以外の大人に頼るのもいいかもしれません。親だと距離が近くて反発しちゃうけど、親ではない大人の言うことの方が受け入れやすいところもあると思います。親の立場で言うのであれば、策をもって解決するというよりも、本気で子どもと向き合い続けるしかないんでしょうね。

三浦 娘さんと本気で向き合っていますか。

 娘は社会人になったので、それほど心配することはないと思いますが、結婚するときに小室圭さんみたいな人を連れてきたら、ちょっと本気になって反対するかもしれません……。三浦さんのご長男は、もう結婚されているんですよね。

三浦 はい。妻は最初から「あの子が決めた人だったら、誰を連れてきてもいい」と言っていました。たぶん、次男坊が結婚すると言い出しても、同じだと思います。

 三浦さんが「夫婦喧嘩を一度もしたことがない」とおっしゃっているインタビュー記事を拝読したことがあります。仲睦まじいご両親のイメージが、息子さんたちにも受け継がれているんでしょう。

三浦 でも、僕の両親は1年のうち11カ月ぐらい喧嘩していましたからね。反面教師なんですよ。

 私も両親の仲があまり良くなかったから、温かい家庭を作ろうと思いました。夫からいろんなことを言われても、耐えることだけは母から教わりましたね。山梨の女は辛抱強いんです。三浦さんご夫妻は「理想の夫婦」ランキング1位に毎年なっていらっしゃる。

三浦 おかげさまで今年、殿堂入りを果たしました。

 うちは結婚30年です。ちっとも仲良くないですが、もうしょうがない(笑)。だけど、そんな夫でもいいところがあって、嫌な夫を書くときに、いつもいいネタを提供してくれるんです。

三浦 言葉とは裏腹にご主人への愛を感じます。

 夫婦はいつでも別れることができます。しかし、たとえ何が起こっても、子どもは捨てることができないし、それくらい因縁が深く、添い遂げなければいけない存在です。だからこそ、「8050問題」は深刻なんです。

三浦 正樹は、世間体や見栄を捨てて開き直れたから、一歩前に進むことができた。自分にとって何が一番大切か、常に考えておくべきでしょうね。僕の場合、迷いなく自分の命に代えられるものといえば、やはり子どもです。息子がいくつになっても、そこだけは変わらない。

 自分がもらった愛情を子どもたちに還元できるように日々努力する。子どもと向き合う上で、単純なようだけれど、それが一番大切ですね。

三浦友和(みうらともかず)
1952年、山梨県生まれ。72年、TBSドラマ「シークレット部隊」でデビュー。85年、映画「台風クラブ」で無責任な中学教師を演じ、ヨコハマ映画祭助演男優賞に。16年、無差別殺人犯の父親役を演じた「葛城事件」で報知映画賞主演男優賞。ほか受賞多数。

林 真理子(はやしまりこ)
1954年山梨県生まれ。82年『ルンルンを買っておうちに帰ろう』が大ベストセラーになる。86年「最終便に間に合えば」「京都まで」で直木賞、98年『みんなの秘密』により吉川英治文学賞、2018年に紫綬褒章、20年、菊池寛賞を受賞。その他『西郷どん!』など著書多数。

週刊新潮 2021年5月6日・13日号掲載

『小説8050』刊行記念対談「三浦友和vs.林真理子 誰にでも降りかかる『引きこもり』と『介護』の親子問題」より

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