茨城一家4人殺傷「快楽殺人者」を追い詰めた「593日間」捜査の全内幕 24時間体制の行動確認で

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 一時は迷宮入りも危ぶまれた凄惨な殺人事件に急転直下の逮捕劇がもたらされた。しかも、茨城県警が追い詰めたのは、少年時代に連続通り魔事件を起こしたいわくつきの男。少年法に護られ、より凶悪な犯罪者に“成長”した「怪物」の常軌を逸した素顔に迫る。

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「これ以上、犠牲者を出してほしくない。可哀想な思いをする人を増やしたくない。私たちは裁判官や裁判員にはそう訴えて、無期懲役にしてほしいと主張しました。が、結局は“敗訴”してしまった。“彼”は少年法で擁護され、裁判所も被害者ではなく加害者のことばかり考えていた。やはり少年法の壁、制度の限界はあると感じています」

 遡ること10年、“最初の事件”で被害に遭った少女の父親は、本誌(「週刊新潮」)の取材に無念さを滲ませる。

 一昨年に茨城県で起きた「一家4人殺傷事件」の容疑者として、茨城県警は今月7日、岡庭由征(おかにわよしゆき)(26)を殺人容疑で逮捕した。

 迷宮入りすら囁かれた難事件に、ひとつの区切りがついたという見方はできるかもしれない。だが、容疑者の“少年時代”の犯行を知れば、誰もがこんな思いに駆られるはずだ。

 なぜ凶行は繰り返されてしまったのか――。

 岡庭容疑者には高校中退後の2011年に別の事件で逮捕された過去がある。

 当時16歳だった彼は、ふたりの少女に相次いで刃物で襲い掛かり、殺人未遂容疑などで埼玉県警に逮捕されていたのだ。

 卑劣極まる「連続通り魔事件」を受け、さいたま家庭裁判所は刑事処分が相当と判断し、検察に逆送。岡庭容疑者はさいたま地裁で裁判員裁判にかけられた。しかし、当の地裁は13年3月に「保護処分が相当」と結論づける。その後、家裁の審判を経て、岡庭容疑者は医療少年院へと送られることとなった。

 冒頭の父親が続けるには、

「結果的に、裁判員裁判では私たちの主張が退けられました。そして、彼は医療少年院で更生したということで社会に出てきたわけです。しかし、いまだに彼から私たちへの謝罪はありません。彼の両親からの謝罪も一切ないままです。正直なところ、娘が被害に遭うまで事件報道に興味はありませんでした。ただ、自分たちがその立場になってみると、同じような事件が連日のように報じられていることに気がつきました。彼のように刑事罰に問われない人間が事件を起こした場合、被害者は気の毒と呼ぶしかない状況に置かれる。私の家族が負った心の傷もまだ癒えていません」

 被害者家族の嘆きは、しかし、少年法に護られ、刑事罰を免れた男には届かなかった。

 社会に解き放たれた岡庭容疑者は自らの罪と向き合うどころか、残虐性を肥大化させ、ついに人命を奪うに至ったのである。

 茨城県境町の一軒家から「助けて!」という110番通報が入ったのは、19年9月23日、深夜0時過ぎのことだ。県警の捜査員が駆けつけたところ、この家に住む小林光則さん(48)=当時=と妻の美和さん(50)=当時=が変わり果てた姿で発見された。

 全国紙の県警担当デスクが事件を振り返る。

「小林さん夫妻は自宅の2階にある寝室で発見されました。美和さんの遺体の傍らには電話の子機が落ちており、110番通報した直後に殺害された可能性が高い。犯人の振り回す刃物から必死で身を守ろうとしたのか、夫妻の腕には幾つもの“防御創”が刻まれていました。二人とも上半身を10カ所近く滅多刺しにされ、光則さんは胸から肺にまで達した深い傷が、美和さんは頸部の刺し傷が致命傷となった。1階で寝ていた長女だけは無事でしたが、両親と同じ2階にいた中学生の長男は手足を切られて重傷を負い、当時小学生だった次女は腕に催涙スプレーをかけられている。犯人はパトカーのサイレンの音を聞いて逃走しています」

 現場となった小林さん宅は、沼と釣り堀、畑に囲まれた“離れ小島”のような立地にある。

 鬱蒼と生い茂る木々に覆われ、外部から家屋の外観を窺うことはできない。

「林の中に家があることは地元の人間以外はまず知りません。また、室内を物色した形跡もないことから、県警は当初、怨恨による犯行を疑い、家族の交友関係を洗っていました。しかし、いくら夫妻の携帯電話を解析しても、怪しい人物や目立ったトラブルは出てこなかったのです」(同)

 一方、近隣住民からはこんな声が聞こえてくる。

「実は、事件の少し前に、小林さんの家に通じる小径にロープが張られていたんです。いま思えば、不審者が敷地内に入ってきたことがあったのかもしれない。実際、マスクをつけた男があの家の前をうろついていたという目撃談もあって、事件後にちょっとした騒ぎになった。もしかすると、犯人が“下見”をしていたんじゃないか、と」

「アイツは必ずまたやる」

 県警の捜査に動きがあったのは昨年4月。現在の刑事部長が就任すると、

「それまでの捜査方針を転換して、“流し”の犯行と見て類似事件の前歴者の洗い出しに注力し始めた。そして、茨城県外の対象者にまで網を広げたところ、昨年6月に入ってひとりの男の名前が浮上したのです」(先のデスク)

 それが岡庭容疑者だったことは言うまでもない。事件発生から半年以上が経過するまでノーマークだった男に、一転して捜査員の視線が注がれることになった。

 埼玉県三郷市の大地主である岡庭家には、800平米の敷地に祖父母の住む母屋と、彼が両親と暮らす離れがある。2人兄弟の長男に生まれた岡庭容疑者は、市内の小中学校を卒業した後、千葉県内の私立高校に進学している。

 地元の同級生たちは、

「パソコンクラブに所属していて、ヤフオクで競り落とした『遊戯王』のカードを自慢するような、小学生にしてはませた子だった」「中学のソフトテニス部で一緒だったが、おとなしい性格で狂暴なイメージはない」

 などと当時を振り返る。

 だが、小学校の同級生だったある女性によると、

「同じクラスの補聴器をつけた男子が、アギト君たちからイジメを受けていました。背後から2人がかりで飛び膝蹴りを喰らわせるなど、暴力がエスカレートして、その子は不登校になってしまったんです。アギト君は弱い者イジメをする子だなという印象でした」

“アギト”とは、岡庭容疑者のかつての名前である“吾義土(あぎと)”のことを指す。

 高校中退後に前述の事件を起こした彼は、医療少年院を出ると、埼玉県立精神医療センターに入院。17年6月からはメンタルクリニックで治療を受けながら埼玉県内のグループホームに身を寄せる。クリニックを受診したのは17年12月が最後で、まもなくこのグループホームを離れ、最終的には実家へと戻ったという。名前を吾義土から由征に変えたのもその頃のようだ。

 岡庭容疑者の実家近くに住む男性は、昨夏、茨城県警の捜査員の訪問を受けている。

「県警からは、私が所有する月極駐車場を借りたいという申し出がありました。近所のお宅は監視カメラを設置させてほしいと依頼されたそうです。捜査員は詳しい話を教えてくれませんでしたが、こっちはすぐにピンときましたね」

 男性は10年前に岡庭容疑者が逮捕された際にも、埼玉県警に駐車場を貸していた。

「うちの駐車場からは岡庭さんの家がハッキリと見通せるんです。だから、茨城県警から相談された時点で“またあの子が何かやらかしたな”と思いました。10年前の事件が解決したとき、埼玉県警の捜査員がこう漏らしていたのが忘れられません。“アイツは出てきたら必ずまたやる”とね」(同)

 こうして昨夏以降、24時間態勢の行動確認が続けられた。そして、昨年11月19日の早朝、茨城県警と合同捜査班を組んだ埼玉県警が、ついに岡庭容疑者の自宅に突入する。彼の部屋からは、硫化水素の原料となる、約44キロの硫黄などの薬品や、実験器具が多数発見された。

「埼玉県警は、岡庭を三郷市火災予防条例違反容疑で逮捕。爆弾を作ろうとしていた疑いが持たれている。さらに、今年2月には警察手帳の記章を偽造したとして、茨城県警が公記号偽造容疑で彼を逮捕しました。岡庭の自宅からは刃物や薬品、スマホ、スポーツタイプの自転車数台など約600点が押収されています」(社会部記者)

 膨大な押収品を精査し、「小林さん一家殺傷事件」との繋がりを探していた茨城県警は、幾つかの手がかりに辿り着くことになる。

「凶器や指紋といった決定的な証拠は発見されていませんが、岡庭がズボンのポケットに収まらないほど大きなサイズの催涙スプレーを購入したことは分かっています。このスプレーには小林さんの次女に浴びせたのと同じくカプサイシンが含まれている。加えて、事件前に岡庭が被害者宅周辺を撮影した動画も見つかった。つまり、被害者宅を“下見”していた形跡があるということ。彼のパソコンには現場周辺の情報を検索した履歴も残されていました。GPSや防犯カメラの映像は決め手に欠けるようですが、Wi-Fiの接続履歴から、事件当夜に岡庭が現場周辺にいたことは間違いないと考えられます」(同)

「中1から会ってない」

 県警は、岡庭容疑者が運転免許を持っていないこともあり、埼玉県三郷市の自宅から茨城県境町の事件現場まで約30キロの道のりを、スポーツタイプの自転車で移動したとみている。

 だが、面識もなく、近所とは呼べない場所に住む小林さん一家に狙いを定めたのは一体なぜなのか。

 岡庭容疑者の自宅の近隣住民はこう語る。

「ここの近くを流れる江戸川に沿って北上していくと、ちょうど利根川と合流する。その川向こうが茨城県境町です。自転車であれば2時間足らずで着くでしょうし、雨の降る晩となれば誰かに目撃される心配もありません」

 岡庭容疑者が自転車での移動を念頭に置いて、ターゲットを絞り込んだ可能性は否定できない。

 加えて、先の記者がもうひとつの大きなポイントとして指摘するのは、

「現場に残された“足跡”です。事件当夜、小林さん宅1階の脱衣所の窓は施錠されておらず、犯人はそこから侵入した可能性が高い。この窓のある外壁に、犯人がよじ登った際についたと思しき足跡が残されていました。岡庭が事件前に購入していたとされるレインブーツと、現場の足跡、いわゆる“下足痕”が照合できて、捜査の進展に弾みがついたようです」

 こうした県警の地道な捜査の積み重ねによって、岡庭容疑者の両腕には再び手錠がはめられたのである。

「逮捕当日は、殺された美和さんの父親の命日だった。まるで亡くなったお父さんが娘を成仏させたように思えてなりません」(小林さん夫妻の知人)

 一方、岡庭容疑者の親族は何を想うのか。岡庭容疑者の実家と同じ敷地内に住居を構える彼の祖父に訊くと、

「中学1年の頃から顔も見ていないからね。本人が悪さをしたので叱ったら、謝りもしないで石を投げてガラスを割ったんだ。それ以降は全然会ってない。名前が変わったのも健康保険の支払い通知で知ったくらいだ。10年前の事件のときは、被害者側から民事裁判を起こされて、何千万円もの賠償金を工面するんで裏の土地を売った。千平米だったな。あの事件が起きてから息子(岡庭容疑者の父)は糖尿病が悪化して足の指を切ってる。測量士だったけど仕事もできないから、俺が10棟くらいあるアパートの家賃収入から援助してきた。今回の事件のことも、全然分かんねっさ。俺も困ってるんだ……」

“怪物”には、今度こそ厳罰が下されなければならない。次の犠牲者を出さないためにも。

週刊新潮 2021年5月20日号掲載

特集「少年法が生んだ『茨木一家4人殺傷』の怪物」より

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