田中邦衛と時代劇 「武器を持って戦う」「コミカルな顔」が忘れられない

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 ペリー荻野が出会った時代劇の100人。第11回は、田中邦衛(1932~2021年)だ。

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 2021年春、田中さんの訃報が伝えられた時、その代表作としてドラマ「北の国から」(フジテレビ・1981~2002年)や映画「若大将シリーズ」(1961~1971年)が紹介された。確かに代表作にふさわしい名作だが、田中さんは多くの時代劇にも出演した俳優であった。遺作となったのは、「北の国から」の杉田成道監督の映画「最後の忠臣蔵」(2010年)である。

 面白いことに時代劇では、現代劇とはまったく違う顔が見られる。時代劇俳優・田中邦衛は、さまざまな武器を手に戦う男だった。

 若き日の出演作として知られるのが、黒澤映画「椿三十郎」(62年)だ。田中さんはここで、藩上層部の不正を正すべく立ち上がった若侍の一人。彼らを助けようとする椿三十郎(三船敏郎)に食ってかかる熱血漢、保川邦衛だった。三船主演作との縁は、78年のドラマにも続く。「江戸の鷹 御用部屋犯科帖」(NET[現テレビ朝日])だ。将軍直属の「お鷹組」が悪を討つ。ポイントは、組のリーダー内山勘兵衛(三船)はじめ若杉新之助(田中健)、一柳角太郎(中谷一郎)、風見鉄平(田中)が、相棒の本物の鷹とともに戦うことだった。「荒野の素浪人シリーズ」(同・72~73年)を手がけた三船プロのドラマらしく、「江戸の鷹」もロケが多い。熱血メンバーも鷹とともに本気で走り回っていた。

 20年ほど前、ご本人に取材したことがあったが、「昔のことは忘れちゃったなあ」とのこと。あの笑顔で返答されると、こちらも「ですよねー」とつい返事をしてしまうが、それで帰るわけにはいかない。すると「あの鷹は、よく訓練されてたけど、結構大変でしたよ。爪もすごいんですよ。小鳥じゃないんだから(笑)。腕にとまらせたり、飛ばしたり。三船さんも田中健ちゃんも苦労してたなあ」と思い出してくれた。

 萬屋錦之介との共演作でも、いい味を出している。

 75年、「長崎犯科帳」(日本テレビ)では、法で裁けぬ悪を葬る闇奉行となる現役長崎奉行(萬屋)を裏で支える蘭方医・木暮良順役。得意技はメスを敵の脳に突き刺したり、メスをボーガンのごとく発射するという荒業だ。当時は奇抜な殺し技を見せる朝日放送の「必殺シリーズ」が人気で、日本テレビ系のこのドラマでもいろいろなアイデアが実践されたと思われるが、このボーガンは扱いが意外に難しく、「俺は器用じゃないんだよ。NG連続で9回くらい出したこともあった」という。

 その後、錦之介とは映画「日蓮」(79年)でも共演している。仏教系の静かな映画かと思ったら、大竜巻はあるわ、蒙古は襲来するわのスペクタクルな展開が続いてびっくりする。その中で自らを「極道坊主」と言う弟子の行道(田中)は、さまざまないきさつを経て命がけで日蓮を守る。なかなか泣かせる役だった。

 思えば、田中さんは「若大将シリーズ」で共演した加山雄三とはドラマ「同心部屋御用帳 江戸の旋風」(フジテレビ・75~76年)で、映画「仁義なき戦い」(73年)で共演した菅原文太とは映画「木枯し紋次郎 関わりござんせん」(72年)でも組んでいる。酒が飲めない甘党で、派手なつきあいは苦手。ロケに電車で通うことも多かった。私たちの取材も、どこか場所を用意しましょうと提案したが、「いいよいいよ、控室で」と気さくに応えてくれたのだった。こんな人柄と柔軟な演技が多くの大スター、スタッフに信頼され、「時代劇でもまた共演を」と望まれたのだろう。

 時代劇俳優・田中邦衛のもうひとつの魅力は、コミカルな顔だ。私は子供のころ、小川真由美主演のドラマ「浮世絵 女ねずみ小僧」(フジテレビ・71年)が大好きだった。女ねずみ小僧といえば、小川の色っぽい姿が思い浮かぶが、実は女ねずみ小僧誕生のきっかけは田中さん演じる“男ねずみ”だった。

 夜な夜な江戸の町を騒がす盗賊・ねずみ小僧は、実は長屋住まいの大工の留吉(田中)。その正体を知っている常磐津の師匠・お京(小川)は、幼馴染の留吉のことを心配していたが、留吉は「世直しねずみが捕まったら、この世は闇だ」と取り合わない。第1話で上様拝領の香炉と若旦那(蜷川幸雄)の店の乗っ取りにからむ不正を見逃せず、お京自身が女ねずみ小僧となって悪人屋敷に乗り込むのである。留吉相手に「あんたはココ(心)がいいんだよ、顔は悪いけど!」などと憎まれ口をぶつけ合う小川×田中の絶妙な掛け合いは、番組の名物だった。

 そして、「武器を持って戦う」と「コミカルな顔」の双方を存分に発揮したのが、柴田錬三郎原作の主演作「岡っ引どぶシリーズ」(関西テレビ・81年、91年)である。

 元武士で破天荒な岡っ引のどぶ(田中)は、どんなに傷だらけにされても、下層の女や子供たちを守ろうと立ち上がる。武器は鋭い推理力と手にした50センチはある仕込み十手だ。このドラマの名物は、どぶに惚れた女スリお仙(樹木希林)とのやりとり。「お仙がかわいいのは鼻の頭だけ」と笑うどぶだが、そのお仙にベタ惚れの弟分(三浦浩一)もいるという不思議な三角関係に、さらに夜鷹の姉御おけい(森マリア)がどぶに「磯のあわびの片思い」をして大混乱。まるでラブコメだ。第5話「風車殺人事件」では、怒った夜鷹たちがどぶに加勢しようと詰めかけるなど、モテモテどぶの大暴れが見られる。下戸でまじめ人間の田中さんが、酔っ払いの女好きを演じるというのが面白い。

 遺作となった「最後の忠臣蔵」の役柄は、元浅野家家臣の奥野将監。主演はフジテレビの一話完結捕物帳「八丁堀捕物ばなし」(93~94年)などで共演した役所広司。演出は「北の国から」の杉田成道監督。美術監督は日本を代表する映像美術家で、「八丁堀捕物ばなし」「どぶ」の企画・制作の「映像京都」の代表でもあった西岡善信。私は共演者、スタッフから「邦さんが出てくれてよかった」「邦さんがいるだけで空気が変りますから」という声を聞いた。長く仕事をしてきたスタッフの映画が最後の作品になった。亡き大石内蔵助の心を知った奥野が、クライマックスで見せるなんともいえない微笑みが忘れられない。

ペリー荻野(ぺりー・おぎの)
1962年生まれ。コラムニスト。時代劇研究家として知られ、時代劇主題歌オムニバスCD「ちょんまげ天国」をプロデュースし、「チョンマゲ愛好女子部」部長を務める。著書に「ちょんまげだけが人生さ」(NHK出版)、共著に「このマゲがスゴい!! マゲ女的時代劇ベスト100」(講談社)、「テレビの荒野を歩いた人たち」(新潮社)など多数。

デイリー新潮取材班編集

2021年5月14日掲載

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