インド州議会選「地域政党躍進」がモディ首相に突き付けたもの

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 インド南部のタミルナドゥ州と北東部の西ベンガル州で5月2日、3~4月に投票を実施した州議会選挙の開票が一斉に行われた。タミルナドゥ州は人口約7780万人でインドの州では7位、西ベンガル州は9960万人で同4位(2020年推計)。ともに欧州の大国並みの人口を抱えている重要州だ。

州政権を奪還した地域政党DMK

 州都チェンナイ郊外に中核工業地帯を擁し、日本や韓国、欧米企業の進出も多いタミルナドゥ州では、最大連邦野党「国民会議派(INC)」と組んだ地域政党「ドラビダ進歩同盟(DMK)」が、ナレンドラ・モディ首相率いる連邦与党「インド人民党(BJP)」と地域政党で州与党だった「全インド・アンナ・ドラビダ進歩同盟(AIADMK)」の連合を大差で破り、10年ぶりに州政権を奪回した。

 DMKは定数234議席の州議会で前回2016年選挙から33議席を上積みし、133議席を獲得。INCも同10議席増の18議席で何とか存在感を示した。共闘した左翼政党も含めると、DMK連合は159議席という安定過半数を確保した。

 一方のAIADMK連合は、州内陸部では健闘したものの、チェンナイなど沿岸部で相次ぎ議席を失い同50議席減の75議席に後退。友党のBJPもわずか4議席にとどまった。

 ただ、得票率を比べると、DMKの37.7%に対してAIADMKは33.3%と、その差はわずか4ポイント余り。得票差がわずかでも議席には大きな開きが出るという、いつもながらの小選挙区制の特徴が出た。

父のカリスマ性を受け継いだスターリン氏

 AIADMKは、元人気女優で州首相(県知事に相当)を5期にわたって務めたJ・ジャヤラリタ党首が2016年に死去した後も何とか党の結束を維持してきたが、過去の実績や政権公約などにインパクトを欠いたことが敗因の一つと言える。

 DMKもまた、ジャヤラリタ氏と長年激しい政争を演じた映画シナリオライター出身のM・カルナニディ党首が2018 年に死去しているが、その息子のM.K.スターリン氏(68)が父親から受け継いだカリスマ性や精力的な遊説で女性や若者の票を固め、2019年の連邦下院選に続く勝利となった。

 スターリン氏は、ソ連の指導者ヨシフ・スターリンにちなんで命名され、14歳で父の選挙スタッフに参加。1996年にはチェンナイ市長となり、2006年からは州政府の閣僚、2009年からは州副首相も兼務した。年齢こそ若くはないが、近年は事実上の党首として選挙戦を仕切るなど、偉大な父を超えた実力政治家へと駆け上がった格好だ。

インド唯一の女性州首相が3期目突入

 一方、西ベンガル州では、いまやインド唯一の女性州首相となったママタ・バナジー氏(66)率いる「全インド草の根会議派(AITMC)」が、定数292議席のうち213議席を押さえる圧勝を飾り、州政権3期目に入った。

 国民会議派や左翼政党が全議席を失う中、BJPは前回の3議席から77議席へと躍進。敗れはしたが、AITMCの牙城をある程度切り崩して意地を見せた。

 バナジー氏率いる州政権は、昨年5月にベンガル地方を襲ったサイクロン(ベンガル湾で発生する台風)被害への対応を批判され、バナジー氏本人や親族の不正蓄財疑惑などで連邦捜査当局が強制捜査に入る事態となったが、福祉の充実や女子教育の拡大などを訴えて女性票を固め、逆風をはねのけた。

 選挙キャンペーン中に足を負傷し、車いすに乗って州内を演説する姿も強烈な印象を与えた。

通じなかった連邦与党BJPの威光

 デリー首都圏や北部ウッタルプラデシュ州、ビハール州など、BJPの金城湯池であるヒンディー語圏と違って、ベンガル文化の色が濃い西ベンガル州(ちなみに、この表記は大英帝国植民地時代の名残で、イスラム教徒多重地域である東ベンガル地方は現在のバングラデシュに相当する)には、モディ首相率いる連邦与党の威光も通じなかったようだ。

 また気候や風土も北部とは異なる南インドは、インド先住民としてのナショナリズムが強く、ヒンドゥー色の濃い政策を掲げることが多かったBJPがなかなか勢力を拡大できないでいる地域だ。

 2014年に劇的な政権交代を演じて以降、全国政党の道をひた走るBJPも、その影響力が南部諸州にまで浸透しているとは言えず、わずかにバンガロール(ベンガルール)を抱えるカルナタカ州に州議会でかろうじて過半数を維持しているBJP州政権があるのみだ。

 西ベンガル州でも、バナジー氏率いるTMCが州政権に就く前は左翼政党連合が34年間にわたって州与党の座にあり、BJPに限らず大政党の影響力が及んでいなかった。

「改正国籍法」は争点とならず

 今回の選挙結果は当然、モディ首相の国政運営にも影響を与えるだろう。強力な野党政権が存在する州には一定の配慮が必要になってくる。

 まず見えてきたことは、中央と地方の政治意識の違い、そして安心して政治を任せられる強力なカリスマ指導者を求める市民のマインドだ。

 例えば、2019年2月に可決されたイスラム教徒以外の不法移民に国籍を与える「改正国籍法(CAA)」は、インドの若者や都市住民、イスラム教徒から激しい非難を浴び、地元紙などの世論調査ではいずれの州でもCAAへの反対意見が賛成を上回っている。しかし、出口調査などを見る限り、こうした世論はBJPにとっての大きな逆風にはならなかった。

 地方選における人々の投票基準は「自分たちの所得や雇用」、そして「強いリーダーシップの有無」にほぼ収れんしている。外交やマクロ経済政策で問題を抱えている政党や候補者でも、自分たちに悪影響が出ない限り有権者の投票行動は大きく変わらない。

 2014年以来、選挙で盤石な強さを見せてきたBJPモディ政権だが、今回の州議会選は、地域の問題を解決できる強いリーダーがいれば地方政党でも十分に太刀打ちできることを改めて示した。その他の州の地方政党にとっても参考になるだろう。

 この点、全国政党であるBJPも国民会議派も各州のリーダーの存在感はいわば「支店長クラス」の軽さで、任命プロセスも党中央からのトップダウンが多い。地域に密着する地方政党と対抗するにはローカルリーダーシップの強化も重要課題となりそうだ。

緒方麻也
ジャーナリスト。4年間のインド駐在を含め、20年にわたってインド・パキスタンや南アジアの政治・経済の最前線を取材、分析している。「新興国において、経済成長こそがより多くの人を幸福にできる」というのが信条。

Foresight 2021年5月13日掲載

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