阪神ドラ6「中野拓夢」のアマチュア時代 プロへの片鱗を見せた知られざる3試合
現在、首位を走る好調な阪神タイガースにあって、2人の新人野手が躍動している。1人はもちろん、ドラ1のゴールデンルーキー・佐藤輝明。そしてもう1人は、日大山形~東北福祉大~三菱自動車岡崎を経て昨年ドラフト6位で入団し、ショートで先発出場を続けている中野拓夢だ。中野は1996年6月28日生まれ、山形県天童市出身の24歳である。身長171センチ、体重69キロと小柄だが、バットコントロールに優れ、3方向に打ち分けられる左の巧打者でミート力も高い。
フットワークが良く守備範囲も広い。球際にも強くてグラブさばきも安定しており、強肩でもある。さらに一塁を駆け抜けるタイムが4.0から4.1秒台と、俊足が目立つ。つまり走攻守揃った即戦力の内野手という評価だ。
ここまで期待通りの働きをみせているが、片鱗は、アマチュア時代の次の3試合に窺い知ることができよう。
まずは高校時代の試合からだ。12年に日大山形に入学すると、1年時こそ控えのショートとしてプレーしていたが、2年時には“2番・セカンド”でレギュラーに定着。その夏には甲子園出場を果たし、なんと春夏通じて県勢初のベスト4進出という快挙を成し遂げている。
その全4戦中3戦で夏の甲子園優勝経験校と戦うことになったのだが、最も難敵だったのが初戦の相手であった。大会前の評価はAランクで、優勝候補の一角である。同じ日本大学の付属校である日大三(西東京)と対戦することになったのだ。
この強敵相手に躍動したのが中野だった。初回にプロ注目の相手先発・大場遼太郎(現・JX-ENEOS)から右安打で出塁し、2死三塁のチャンスを作ったのだ。直後に4番・奥村が右中間に飛び込む豪快な2ラン。チームの先制点を呼び込んだのである。
試合はこの後、2-1で日大山形リードのまま、終盤戦に。迎えた7回表、チームは3連打で無死満塁という絶好のチャンスをつかむ。この是が非でも1点が欲しい場面で打席に入ったのが中野だった。その4球目。大場が低めに外したボール気味のスライダーをうまく拾って右方向への貴重な2点適時打を放ったのである。
結局、この回計5得点を挙げた日大山形が7-1で快勝するのだが、勝利を決定づけたのが、この日2本目となる中野の2点タイムリーだった。
この後、チームは準決勝で前橋育英の前に1-4で敗退。それでも中野はこの大会の優勝投手にして、翌年のドラフトで埼玉西武から1位指名を受ける高橋光成から中前にヒット1本を放っている。さらに守っても堅実な守備でチームを盛り立て、大会では無失策を貫いたのである。
優勝を引き寄せた1点
2試合目は東北福祉大時代。1年春からベンチ入りを果たした中野は、2番打者でセカンド・ショートのレギュラーとして定着。4年8シーズンで5度も規定打席に到達し、仙台六大学野球リーグで通算67安打を放ち、打率2割8分5厘、3本塁打、34打点という成績を残し、ベストナインも3度受賞(遊1、二2)している。
全国大会にも4度出場しているのだが、なかでも4年時春の全日本大学野球選手権では全4試合で15打数5安打をマークし、打率3割3分3厘、2打点と活躍。チームも決勝戦に進出し、国際武道大との一戦に臨んだ。この大一番で中野のバットが火を噴く。2-2の同点で迎えた2回裏に1点勝ち越した直後、さらに相手を突き放す適時打を右前に放ったのである。
5-2でリードしていた6回裏にも、中継ぎで登板した伊藤将司(昨年のドラフトで阪神に2位指名され、現在はチームメート)から再び右前に適時打。優勝を引き寄せる値千金の1点をチームにもたらしたのだった。
結局、試合は6-2で東北福祉大が勝利。中野はここぞという場面で右前に貴重な適時打2本を放ち、チーム14年ぶりの日本一達成の立役者となったのであった。
延長13回を制した一戦
3試合目は社会人野球時代だ。19年に三菱自動車岡崎に入社すると、1年目からショートのレギュラーを獲得。新人ながら夏の都市対抗野球と秋の社会人野球日本選手権の全6戦で先発出場を果たしている。特に後者では4試合とも3番で起用され、すべて単打ながら19打数8安打で打率4割2分1厘、4打点をマークした。
なかでもベスト4入りを懸けた準々決勝・日本通運との一戦でのしびれる活躍が印象深い。試合は投手戦となり、7回まで両軍とも0行進が続いていた。球場中が緊迫したムードに包まれるなか、均衡を破ったのが中野のバットだった。8回表無死一、三塁のチャンスで直球を逆らわずに左前に運び、チームに待望の先制点をもたらしたのである。しかし、相手も粘り、土壇場の9回裏に同点を許してしまった。
このまま延長戦となり、タイブレークとなっていた13回表だった。三菱自動車岡崎は1死二、三塁から2番の豊住康太に右適時打が飛び出し、ついに勝ち越しに成功する。これに3番の中野も続き、中適時打で貴重な追加点をもぎとった。1ボールからの低めのカーブをうまくさばいた1打で、バットコントロールの巧みな中野らしい1本であった。
結局、延長13回までもつれる接戦となったこの試合で中野は6打数4安打2打点の大暴れ。3-1でチームも勝利し、95年以来となるベスト4進出を飾ったのである。この活躍により、中野はJABA選抜の一員として、12月に台湾で行われたアジアウインターベースボールリーグに参加。主に3番・ショートで17試合に出場し、70打数26安打(大会トップ)で打率3割7分1厘(大会2位)、1本塁打、打点9の好成績をマークし、チームの初優勝に貢献している。
この翌年も都市対抗野球に出場しているが、惜しくも1回戦で敗退。だが、東海地区予選から本大会まで全8試合を無失策で終えるなど、堅守で存在感を示し、阪神のドラフト6位指名を勝ち取ったのである。5月10日現在、中野は28試合に出場して70打数25安打で打率3割5分7厘、8打点を挙げている。安打製造機タイプそのままの活躍だが、二塁打4本、三塁打と本塁打をそれぞれ1本ずつ放っており、長打力もある。その姿はまさに自身が目標とする鳥谷敬(現・千葉ロッチ)の再来か。いや、鳥谷二世ではなく、ここから鳥谷を超える選手になることを大いに期待したい。