「大豆田とわ子と三人の元夫」をコアなファンはどこを楽しんでいるのか

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 世帯視聴率の低さが話題のフジテレビ系連続ドラマ「大豆田とわ子と三人の元夫」(火曜午後9時)。もっとも、録画視聴も合わせた世帯総合視聴率は決して低くない。また、質が高い作品であるのも間違いない。

 このドラマが今年の権威あるドラマ各賞を獲るのは固い。早くもその声が上がり始めている。脚本界を代表する存在である坂元裕二氏(53)の作品だからといって特別扱いされるわけではない。高評価の理由は単純明解。脚本も役者たちの演技も良く、映像が美しいからだ。

 けれど世帯視聴率が低空飛行なのは知られている通り。4月13日放送の第1話は7.6%。以降、第2話が6.7%、第3話が5.7%、第4話が6.0%だった(ビデオリサーチ調べ、関東地区、以下同)。

 世帯総合視聴率は悪くない。第1話は15.9%に跳ね上がる。うち録画視聴率は8.9%で世帯視聴率より高かった。そもそもドラマは録画視聴派が多いのである。

 ちなみに世帯総合視聴率のトップはフジ「イチケイのカラス」(月曜午後9時)の20.6%。「大豆田とわ子と三人の元夫」が約5%低いのは視聴者を限定するドラマだからだろう。

「イチケイのカラス」のメインテーマは正義。子供からお年寄りまで正義が嫌いな人はいない。おまけにストーリーが分かりやすいから、敷居が低い。小学生も見ている。

 一方、「大豆田とわ子と三人の元夫」を楽しんでいる年齢層は20~60代前半だろう。ロマンティックコメディで、描かれているのはオトナの哀歓なのだから。小学生はおろか中高生も理解できないところがあるはず。やや難解なセリフも多い。

 コアなファン層は30~40代と見る。主な登場人物たちと同世代だ。主人公で40歳の大豆田とわ子(松たか子、43)、とわ子の最初の夫で40歳の田中八作(松田龍平、38)、2番目の夫で45歳の佐藤鹿太郎(東京03の角田晃広、47)、3番目の夫で31歳の中村慎森(岡田将生、31)である。

 坂元氏もこの年代を強く意識して脚本を書いているはず。最初から「家族そろって見てください」というドラマではないのだ。

ファンになれるかどうかの分水嶺は…

 第1話で、とわ子は愛する母の死を八作に遠回しに打ち明けた。別れた夫だから、あからさまに甘えるわけにはいかないが、慰めてほしかったのだ。ただしストレートな表現ではなかったこともあり、とわ子の複雑な胸中は30~40代以上でないと読み取れなかった気がする。坂元氏はそれで良いと考えたのだろう。

 第3話はとわ子のラジオ体操のシーンから始まった。やはり20代は実感が湧かないはず。40歳のとわ子は健康に関心を抱くようになり、そこでラジオ体操の会場に行ってみたら、周囲と動きが合わない。なんか気分が良くない。

 おまけに迷惑な「切腹おじさん」が寄ってきた。でも、もうオトナなので、揉めたくない。ひとまず笑ってやり過ごした。30~40代にありがちな行動様式だ。

 おじさんは、とわ子にこう自慢した。「私の先祖は戦国武将の清水宗春と言います」。ある程度の人生経験を積むと、世間には荒唐無稽な先祖自慢をする輩がごまんといることを知る。だが、やはり若い人にはピンと来にくいはずだ。

 さらに、おじさんは「日本に切腹の文化をつくった人です」と説明。これには大笑いした。切腹って文化なのか? やはり30~40代以上になると、どうでも良いことを誇りにしている人が実在すると分かっているから、このジョークに腹を抱える。

 とわ子の幼なじみで40歳の綿来かごめ(市川実日子、42)も年代によっては受け入れ難いし、年代を問わず保守的な考えの人は苦手なのではないか。

 隣家の恵まれない子供を連れ去った過去がある。未成年者略取及び誘拐罪の前科者だ。この時点で引く人もいるかも知れない。新卒後は8回転職。大事な話は聞かず、買ったものはすぐ食べる。

 かごめは自由人。愉快で痛快だ。

「オトナになるまで、たぶんあと100年ぐらいかかかる」(かごめ)
「見届けたいよ」(とわ子)

 もしかすると、かごめみたいな女性と友人になれるか、なれないかがこのドラマのファンになれるかどうかの分水嶺なのかも知れない。

 2人が19歳の時のエピソードは傑作だった。

「19歳の時、2人でウキウキ気分で海外旅行に行った」「誘拐された」(ともに伊藤沙莉のナレーション)

 このドラマのセンスを象徴していた。このシーンで笑えた人、笑えなかった人もこのドラマに魅力を感じるかどうかのリトマス試験紙になるはずだ。

 とわ子に3人の元夫がいる設定も買える。調べたところ、バツ3女性が主人公となるドラマは本邦初。主人公の女性に2~3人以上の恋人や恋人候補がいて、駆け引きが繰り広げられるようなドラマはもう飽きた。お腹いっぱいだ。

 元夫の中でモテモテなのは八作。これも30~40代なら、よく分かるはず。やさしく、見た目もソフト。だが、精神的には硬派でタフ。こういったタイプはミドル期になってからモテ期に入りやすい。

 角ちゃんこと角田晃広による鹿太郎役はハマり役。鹿太郎の度量の小ささをうまく表している。鹿太郎がアシスタントの女性に「これで何か食べて」と偉そうに言い、それでいて渡したのは300円だったシーンは鹿太郎のキャラを一瞬で浮き彫りにした。

 かといって悪い男ではない。心に空洞を抱えているらしく、1人でいる時は淋しそう。哀愁を感じさせる。だから器が小さいのに不思議と魅力的なのだろう。

 3人の中で一番若いのは岡田将生による慎森。弁護士だ。第1話では理屈っぽくてプライドの高い嫌味な人物に映ったが、徐々にイメージが変化してきた。坂元氏の脚本に岡田がうまく応えている。

 第2話でのこと。慎森は公園で派遣切りに遭ったという女性・小谷翼(石橋菜津美、28)に向かって「僕には人を幸せにする機能が備わっていない」と弱音を漏らす。

 周囲には決して自分の脆さを見せないが、縁遠い人には素顔を見せる人は確かにいる。誰でも年を重ねるほど身近な人には弱い自分を見せにくくなる。このシーンもリアルだった。岡田の演技が光った。

 とはいえ、このドラマの高評価の立役者は誰かというと、なんと言っても松たか子。もはや、とわ子にしか見えないのは演技がうまい証拠である。

 松が役者として逸材なのは疑いようがない。洋の東西を問わず、役者の優劣を決めるのは一に声、二に顔、三に姿というのが定説。役者にとって一番大切なのは声なのだ。その声が松は圧倒的に良い。

 ディズニーはアニメ映画「アナと雪の女王」(2014年)の主人公・エルサの吹き替えを松に任せた。さすがエンタメを知り尽くしているディズニーだった。

 第1話で、とわ子が八作宅の浴室で披露した歌にも惚れ惚れさせられた。通常のシーンでも、とわ子の美声がドラマ全体の質感を上げている。

 表現もうまい。3人の元夫に向ける不快な表情(特に鹿太郎に対して)などは絶品。顔をちょっとだけ歪める。オーバーな演技をしないところが良い。

 最後になるが、STUTS & 松たか子 with 3exes feat. KID FRESINOによるエンディングテーマ曲「Presence I」は出色だ。毎回違う映像も素晴らしい。30~40代の都市生活者の孤独や憂鬱がうまく表されている。

高堀冬彦(たかほり・ふゆひこ)
放送コラムニスト、ジャーナリスト。1990年、スポーツニッポン新聞社入社。芸能面などを取材・執筆(放送担当)。2010年退社。週刊誌契約記者を経て、2016年、毎日新聞出版社入社。「サンデー毎日」記者、編集次長を歴任し、2019年4月に退社し独立。

デイリー新潮取材班編集

2021年5月11日掲載

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