子どもが身に付けるべき「非認知能力」とは 将来の年収、生活の豊かさにも影響

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 いま教育界で大ブームなのが「非認知能力」である。IQや学力と異なり、測定しにくい能力を指す語で、子どもにいま身につけさせるべきはこれだとされている。「将来の豊かさに差が出る」と聞けば親が焦るのはわかるが、実は、難しく考えるものではないという。

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 東京都あきる野市の川原で、小中学生の異学年の子どもたちが、好き勝手に遊んでいる。子どもたちの目はキラキラと輝き、全身から躍動感があふれている。

 栄光学園という神奈川県屈指の進学校の教員であり、私塾「いもいも」を主宰する井本陽久氏が定期的に開いている「森の教室」という活動だ。

「どうしてもいかだを作ってみたい」と言って、ネットでさまざまな作り方を調べ、とうとういかだをつくってしまった子もいる。「そうやって子どもは学んでいるんですよね」と井本氏はしみじみ語る。

 いかだの作り方という技術のことを言っているのではない。浮力だとか川の流れなどの知識を言っているわけでもない。好奇心や意欲・関心をもってものごとに取り組む姿勢、あきらめない気持ち、協力してくれる仲間のありがたさ、冷たい川の水から上がったときに太陽のぬくもりを感じる感受性……などなど、それらすべてを、学ぶという意識なく学んでいるのだ。

 技術でも知識でもないそれらすべてこそ、「非認知能力」と呼ばれているものだ。いま教育熱心な親たちが注目するキーワードであり、幼児期にこれを鍛えることで将来の成功や幸せにつながるという言説が、まことしやかに流布している。

 それはまったくの嘘ではないが、誤解も多い。

 私のもとにも、メディアから連日のように非認知能力についての問い合わせが入る。「非認知能力とは具体的にどういう力なのでしょうか」「それがあると将来どう役に立つのでしょうか」「どうしたらそれらの力を身に付けさせることができるのでしょうか」……。まるで新たに発見された超能力か何かのようだ。

「非認知能力」という言葉が、「コンピテンシー」「ソフトスキル」「ライフスキル」「ソーシャル&エモーショナルスキル」などに置き換えられることもある。それらを構成する要素として、ある学者は「自尊心、自己肯定感、自立心、自制心、自信、協調性、共感力、思いやり、社交性、道徳心」などを挙げるし、またある学者は「失敗から学ぶ力、人と協力できる力、違いを柔軟に受け止める力、新しい発想ができる力」のようなものを挙げる。別の学者は「目標や意欲・関心をもち、粘り強く、仲間と協調して取り組む力や姿勢」と表現する。

 要するに「これからの時代を生きるために必要だと各人が考えている能力を、好き勝手に非認知能力という概念の中にぶちこんでいる」状態。かくして非認知能力という言葉の意味のインフレが起きている。

 メディアの盛り上がりようは、かつての右脳教育ブームを彷彿とさせる。

曖昧な力すべて

「非認知能力」なる概念自体は、ペーパーテストによる成績以外に労働市場における成功を決定づける要因として、二人の社会学者がすでに1976年に示していた。これを日本に知らしめたのは、労働経済学でノーベル賞を受けたジェームズ・J・ヘックマン博士および、その研究結果の一部を著書『「学力」の経済学』で紹介した教育経済学者の中室牧子氏といって差し支えないだろう。

 ヘックマン氏らは、恵まれない子どもたちの幼少期の生育環境を改善した追跡調査である「ペリー就学前プロジェクト」および「アベセダリアンプロジェクト」の結果を分析した。両プロジェクトは、子どもへの教育投資ができない環境を改善したという話であり、何か特別な英才教育をしたわけではない。

 その結果、幼児教育を受けた人とそうでない人を比べると、一度開いたIQ(知能指数)や「学力」の差は成長に伴って埋まるのに、年収や生活の豊かさには有意な差があることが発見された。そこから、「学力」では測定できない何らかの能力が、長期的な影響を与えているのだろう、とヘックマン氏は主張した。その「何らかの能力」こそが非認知能力なのだ。

 つまり、人間の能力の中で、IQのように比較的測定しやすいものを「認知能力」、定義や測定のしにくいものを「非認知能力」と呼んでいるにすぎない。単に研究者にとって測定しやすいかどうかという観点での表現であり、心理学用語の「認知」(物事を知覚し認識すること)とはまったく意味が異なることに注意が必要だ。ちなみに文部科学省が掲げる「生きる力」とは「認知能力+非認知能力」の総合力だと言うことができる。

 ヘックマン氏は著書『幼児教育の経済学』で「意欲や、長期的計画を実行する能力、他人との協働に必要な社会的・感情的制御といった、非認知能力」との表現を使用している。これが一般に、ヘックマン氏が意図するところの「非認知能力」の概念であると解釈されている場合が多い。

 一方、中室氏の著書にある「非認知能力とは何か」という図表には「自己認識、意欲、忍耐力、自制心、メタ認知ストラテジー、回復力と対処能力、創造性」および「性格的な特性(Big5)」などの呼称が並ぶ。イギリスの心理学者の論文からの引用だ。「性格的な特性(Big5)」とは、「外向性」「情緒安定性」「開放性」「勤勉性」「協調性」のこと。さらに中室氏は同書の中で、重要な非認知能力として「自制心」と「やり抜く力」を挙げている。

 要するに、非認知能力に分類され、将来社会で有用に働くと期待される能力は、無限に存在する。これらすべてを幼児期のうちに身に付けさせようなんて考えたら、果てしない旅になる。

 ここで学者ではない立場を利用して、私なりに大胆に「非認知能力」を定義するならば、「これからの時代をたくましく生きていくうえで子どもたちが身に付けるべきだと大人たちが思い込んでいる、存在するのかどうだかすら怪しい曖昧な力すべて」となる。

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