「どっちかというと消えたい」あなたへ 燃え殻さんが「ビジネスホテル暮らしの元有名俳優」に覚えた共感

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 作家の燃え殻さんが身の回りで起きた出来事について綴る「週刊新潮」の連載エッセイ「それでも日々はつづくから」。この回のテーマは、「有名俳優がひっそり引退し、地方の寂れたビジネスホテルで一人暮らしをしている」というニュースを見て燃え殻さんが感じたことについて。

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 以前、ある有名俳優がひっそり引退し、地方の寂れたビジネスホテルで一人暮らしをしているという記事が、ネットを1日だけ賑わしていた。長期滞在ということで、本当は1万円の宿泊料を5千円にまでまけてもらっていると、本人がインタビュー中で答えていた。

 収入は今は再放送料くらいしかなく、CMを長く担当していた会社から、功労金のようなものをもらい、それを生活費に充てているという。競馬をたまにやることが、今の彼の唯一の趣味のようだった。奥さんとは離婚し、終末をひとりで過ごしている彼の姿を見たネットの反応は、ある人は驚き、ある人は呆れ返り、またある人は、自分の終末もそうなりそうだと嘆いていた。僕はその記事を読んで、ちょっと羨ましいと思ってしまった。

 その同じ日に、「どの記事もバズるライターが、バズる方法を教える」といった趣旨の記事がこれまたバズり、「インスタグラムでセクシー動画をあげていた女の子が漫画雑誌のグラビアに登場したが、やっぱり巨乳で業界騒然!」という記事が、よく読まれていた。つまり、とにかく僕たちは今、疲れる世界に生きている。

 きっと、あの元有名俳優がネットに接続することは、死ぬまでないと思う。ネットから出てきた若い画家が、「ネットから出てきたイメージを払拭するために、売れなければいけないと思った」とインタビューで述べていた。まったく同感だし、自分で言ったことすらある気がするけれど、人から聞くとなんだか虚しくなるから不思議だ。どっちでもいい。

 休職している本業の会社の部下が、「ウチの会社もあなたが休んでいる間に、企業に提案をして、イベントの仕事を手がける事業もやり始めました。そこで次のコンペで、“燃え殻”を企業に提案してみようと思います。燃え殻プロデュースのイベントを企画。ここであなたの社会的価値が試されます。もし企業が、それは面白いと乗ってきたら、相応のギャランティーを払います。僕たちとのガチンコ勝負です」とドヤ顔で言ってきた。

 プロレスラーを総合格闘技に突然出して、「ほら、弱かった!」とやりたいのだろうか。真意はわからないが、とにかく感想は、「どっちでもいいが、疲れたよ」だった。

 これを読んでいるあなたも、人にまみれて生きている日々だと思う。決定的に死にたくなる出来事は、そんなに起きないけれど、日々少しずつ磨耗して、「どっちかというと消えたい」くらいの傷だらけで生きているんじゃないでしょうか。そんなことないですか。僕はそんなことがあります。

 ある日、件の元有名俳優が定宿にしているビジネスホテルの近くで映画のロケがあって、その映画に出演していた役所広司さんが、元有名俳優の彼がビジネスホテルにいることを聞きつけ、マネージャーがフロントまで来たのだという。彼はフロントからその連絡を受けると、「いないと言ってください」と告げ、結局会うことはなかったと記事には書いてあった。

 彼のその時の心情を、僕はすべて察することはできない。ただ、僕もそうしただろうな、ということだけはわかった。

燃え殻(もえがら) 1973年生まれ。テレビ美術の制作会社勤務のかたわら、WEB連載の小説で注目を集める。その書籍化、『ボクたちはみんな大人になれなかった』(新潮社)がベストセラーに。

2021年5月9日掲載

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