「Money Money Money」でせめぎ合う米ツアーに感じる虚しさ 風の向こう側(94)
米ゴルフ界のスター選手、リッキー・ファウラー(32)の成績不振が深刻化している。
新コーチを付けてスイング改造に着手して以来、ファウラーのゴルフはすっかり乱れてしまっている。
今年4月の「マスターズ」には、ついに出場が叶わなかった。世界ランキング(5月2日付け)は116位まで下降しており、目前に迫った「全米プロ」(5月20~23日)も6月の「全米オープン」(6月17~20日)も出場資格を満たしていなかった。
そんなファウラーに全米プロの主催者である「PGAオブ・アメリカ」が特別招待をオファーしたら、たちまちSNS上で批判の嵐が巻き起こった。
ファウラーは、米国で国民的人気を誇るスーパースターだ。チャリティにも積極的な彼の姿勢は、ゴルフをしないノンゴルファーたちからもリスペクトされている。
それほど特別な存在なのに、メジャー大会への特別招待がオファーされるや批判の的になったことは、少々驚きでもあった。
特別招待と言えば、やはり今年の全米オープン出場資格を満たしていないフィル・ミケルソン(50)に、主催者「USGA」が特別招待を出すのではないかと噂されている。
ミケルソンは全米オープンさえ制すれば生涯グランドスラム達成となるのだが、すでにシニア年齢のため、悲願達成まで残された時間は限られている。そういう意味で特別招待が噂されているのだが、こちらに対しての批判の声は現時点では聞こえてこないところを見ると、特別招待への批判の裏側には、年齢や事情、あるいはジェラシーなど人々の複雑な感情が絡み合っているのだろう。
基準は「人気度」
米ツアーが先日発表した新ボーナス制度も、ファウラーへの批判が噴出した複雑な要因の1つになってしまった感がある。
「プレーヤーズ・インパクト・プログラム」と名付けられた新ボーナス制度は、端的に言えば、選手の人気度に応じてボーナスを支給するというもの。
試合における成績ではなく、グーグル検索でどれだけ登場したかによって人気度を測ったり、スポンサーにどれほど広告効果をもたらしたか、契約メーカーの用具やウエアの売り上げ向上にどれほど貢献したかなどを数値化してランク付けを行い、その上位10名に総額40ミリオン(4000万ドル=約43億6000万円)を支給するという米ツアーの新施策だ。
しかし、成績不振でも人気さえあれば高額のボーナスが支給されるというのは、まさにファウラーのための贔屓的な施策ではないかという見方が起こり、批判の声が上がり始めていた。
その矢先、ファウラーに全米プロへの特別招待がオファーされたため、火に油を注ぐ格好になり、批判の嵐が巻き起こった。
ならばなぜ米ツアーは、フェデックスカップのビッグボーナス等々、すでに数々のボーナス制度を実施しているというのに、さらなるボーナス制度を制定し、しかもその支給の基準を「人気度」と定めたのか。その背景にあるのは、米ツアーの対抗馬として創設されつつある「PGL」(プレミアゴルフリーグ)への警戒心だ。
「目には目を」
この連載でもすでにお伝えした通り、世界のゴルフ界には、米ツアーに対抗するPGLなる新ツアーを立ち上げる構想が2018年ごろから浮上している(2020年12月2日『サウジマネー「新ツアー」対抗で米欧ツアー「提携」という常在戦場』)。
PGLは年間18試合を開催予定。そのうちの10試合は米国が戦いの舞台になると言われている。各試合とも1試合の賞金総額は10ミリオン(約11億円)という超高額。
試合形式は個人戦とチーム戦の双方があり、個人戦は3日間大会で予選カットは行わず、世界のトッププレーヤーばかり48人が腕を競い合う。チーム戦は4人1組、合計12組が世界一を競い合うという構想。
2022年からの開始予定と言われていたが、この構想はコロナ禍の中で立ち消えになったのだろうと思われていた。
だが、ここへ来て、PGLが高額の“移籍料”をちらつかせながら米ツアーの人気選手たちへの勧誘を本格的に行っていることが欧米メディアによって次々に報じられ、騒然となった。
加えて、名称もPGLから「SLG」(スーパーリーグ・ゴルフ)に変更されたとも報じられ、いよいよ始動かと注目を集めている。
そのSLGが声をかけているのは、ミケルソンやダスティン・ジョンソン(36)、ブルックス・ケプカ(31)、ブライソン・デシャンボー(27)、アダム・スコット(40)、ジャスティン・ローズ(40)といったメジャー・チャンピオンたちだが、メジャー未勝利のファウラーも含まれていることがわかった。
もちろん、本家本元の米ツアーを率いるジェイ・モナハン会長は不快感と焦燥感を露わにしながら、
「SLGに参加した選手は、即刻、米ツアーの出場停止処分を科す。永久追放もありえる」
と声を荒げている。
SLGの背後には潤沢な「サウジ・マネー」が付いていると言われており、お金の力で人気選手たちを米ツアーから引き抜こうとしている。そんなSLGに対抗するためには、米ツアーもお金の力で人気選手たちを引き留めるしかないということで、「目には目を」「MoneyにはMoney」的な施策として打ち出されたのが新ボーナス制度だと見られている。
「お金次第」で米ツアーからSLGへの移籍を考えている選手たちがいるのだとすれば、もちろんそれは各々の選手の価値観によるものだから責めることはできないが、なにやら虚しさを感じずにはいられない。
「ついに夢が叶った」
そんなふうにビッグマネーが飛び交い、批判の嵐が巻き起こり、混沌としている米ゴルフ界だが、そういう殺伐とした状況だからこそ、人々は浪花節的なストーリーを求めているのかもしれない。
4月下旬に米フロリダで開催された「バルスパー選手権」の開幕前、一般からの出場枠を競い合う「マンデー予選」に挑み、わずか4枠の狭き門を潜り抜けた27歳の大柄な無名選手が、うれしさのあまり号泣しながら父親に電話をかけ、「お父さん、オレ、やったよ」と報告した場面を捉えた動画は、SNS上で瞬く間に拡散され、再生回数はあっという間に1200万回を超えた。
その選手の名はマイケル・ビサッキ。ゴルフ練習場で働きながら転戦費用を捻り出し、プロ転向から7年間、草の根のミニツアーで勝利を重ねながら腕を磨き続け、下部ツアーや米ツアーのマンデー予選や予選会に挑み続けてきたが、ことごとく跳ね返されてきたそうだ。
「米ツアーの試合に出るのが夢だった。ついに夢が叶った」
そう言いながら、涙をボロボロこぼしたビサッキの姿に胸を打たれ、大会初日には数百人のギャラリーがビサッキの応援に駆け付け、拍手を送っていた。
残念ながら予選通過はならなかったが、すべてをゴルフに賭けて必死に挑むビサッキのピュアな想いは、多忙な現代人たちに、忘れかけていた何かを思い出させてくれたのではないだろうか。
逆に言えば、そういうピュアな想いや浪花節的なストーリーが皆無になってしまったら、プロゴルフの魅力も失われてしまうのではないだろうか。少なくとも私は、そう思っている。