女優「原日出子」が語る更年期障害 うつ状態になり、夫婦の危機も
気持ちに穴
更に、だ。
小山院長が言う。
「更年期の女性は心理的にも社会的にも大きな変化を経験する年齢。健康不安、老いの意識、老後の不安、夫の定年退職、子育てに子どもの巣立ち、親の介護などさまざまなストレスに晒されます。こうしたストレスがエストロゲンのゆらぎと減少に伴う心身の不調と絡まり合い、更に身体と心の症状を悪化させる。これら環境因子も合わさって、更年期障害の原因となっているのです」
1996年に発足した「女性の健康とメノポーズ協会」は、これまで更年期女性の5万5千件に上る電話相談を受けてきた。三羽良枝理事長は言う。
「皆さん苦悩は深いですね。一番酷いケースですと、鬱気分が深刻化し、自殺してしまった方もいますし、相談員が自殺を止めたケースもある。また、夫が苦しみを理解してくれないことから関係が悪化し、離婚に至るというケースもあります」
寄せられた相談の中からいくつか抜粋すると、
〈夏でもないのに上半身だけ暑くて汗がダラダラたれる〉
〈歩いていて突然頭がぐらっと回ったようになり、一瞬強い吐き気〉
〈いつも頭痛がしていて、夜中にも「痛い」と感じて目が覚めるなど熟睡できない〉
〈手足のしびれ感がある。足の甲、ふくらはぎ、アキレス腱などが風に当たると痛い〉
〈眠りが浅く、4時頃目が覚める〉
〈髪の毛が抜け、地肌が透けて見えるようになってきた〉
他方、精神的な症状では、
〈人と話すことさえイヤ〉
〈目が覚めて「また朝が来たのか」と気持ちが悪くなる日々が続いている〉
〈心が死んでいる感じ。喜びがなく、涙を流すこともない〉
〈朝起きると涙が止まらない〉
〈気持ちにぽっかり穴があいたようで電車に乗るのが怖い〉
〈なんでもないことにイライラして怒鳴ってしまう〉
時に地獄を見る女性もいるのである。
「だからこそ、なぜ更年期症状は起こるのか。そして、どう対処すべきか。まずはきちんと知ることから始めるのが極めて重要なのです」(三羽理事長)
「セックスレス」「不妊治療」危険因子のQ&A
かくも深刻な更年期障害。自分もいつかは……あるいは妻は大丈夫か、と心配になるのは自然な話だ。どのような人がなりやすいのか。危険因子はあるのか。
前項で記したように、更年期障害の大本はエストロゲンのゆらぎと減少。女性ホルモンの分泌について気になることがある方は、とりわけ不安を抱えるはずだ。
〈セックスレスだと更年期障害が重くなる!〉
例えば、よく雑誌やネット記事でこんな文言が見られる。確かにセックスの頻度は女性ホルモンの分泌に関係しそうだ。
ところが、
「性交経験の有無や頻度と、更年期障害の症状には、関係がありません」
とはっきり否定するのは、東京歯科大学市川総合病院産婦人科の小川真里子・准教授である。
「確かに女性ホルモンが少なくなるとリビドーの低下、性欲の低下が起こります。つまり、女性ホルモンの多寡と性欲とは関係するのですが、その逆に、行為をすると女性ホルモンが出るわけではない。患者さんからもよくそうした質問を受けるのですが、行為をすると出るのはアドレナリンやドーパミンといった別のホルモンです」
では、不妊治療や高齢出産歴の有無はどうか。いずれも卵巣の機能と関連性が深いと思われるが、
「こちらも更年期障害の重症度と関連するというデータはありません。そもそも出産経験との関連性もわかっていません」(同)
むしろ気にすべきは月経前の体調や産後鬱との関係だという。
「生理不順との関係は明確ではありませんが……」
と解説するのは、東京医科歯科大学の寺内公一教授(産科婦人科学)。
「PMSやPMDDと呼ばれる疾患があります。月経の前になると心身に不調を来す症状ですが、これが重い人は女性ホルモンのゆらぎと心身の状態が連動しやすい。こうした傾向の女性は更年期に入った時に鬱症状が出やすいという明確なデータがあります」
産後鬱も同様だ。母親は出産前後で女性ホルモンの分泌量が大きく変わる。この変化で心身のバランスが崩れるのが産後鬱であるが、
「この既往歴がある女性は、更年期にも鬱症状が出やすいという研究結果が出ています」(同)
心当たりがある女性は要注意である。
「フランスで3万人近い女性を対象に、さまざまな生活習慣と更年期症状との関連を調査した疫学研究があります」
と寺内教授が続ける。
「その結果報告では、更年期症状発症のリスクを有意に上昇させる要素として、喫煙、アルコール飲料の摂取が挙げられています。喫煙やアルコール摂取は体内の酸化などさまざまなストレスを生むので、それが原因ではないか。また、糖類の過剰摂取や間食の回数も関連性が指摘されています。ただ、これらが原因で症状が出ているのか、あるいは、症状から出るストレスで糖類摂取や間食が増えているのかは定かではありません。更には、別の調査ですが、運動の習慣は、更年期鬱のリスクを下げることがわかっています」
よって、
「当たり前の話になるのですが、過度の喫煙や飲酒、暴飲暴食、運動不足は他の病気同様、更年期障害にもつながりやすいのです」
これに加え、専門家が口を揃えて指摘するのが、精神心理的因子、平たく言えば「性格」である。
「まあいいかと流せない人。真面目で責任感の強い人」(前出、善方院長)
「こうしなくては駄目だ、という考えが強い人。ストレスを上手に発散できない人は間違いなく症状が悪化しやすい」(前出、小山院長)
夫源病
また、前項で述べたように、更年期障害には、更年期女性が抱える心理的、社会的な要素も影響を与える。
では、そうした環境因子のうち何が大きく作用するのか。患者約100人の診療から、どの因子が頻繁に見られるか分析した結果が、掲載のグラフだ。「夫」という因子が「健康問題」と並び、最大の要素となっているのがわかる。
「私は『更年期外来』をもうけ、日々、更年期障害に悩む女性と面談していますが……」
と言うのは、大阪大学招聘教授の石蔵文信医師だ。
「多くの女性にとっては、夫の存在が更年期障害の大きな原因となっているのを痛切に感じます」
妻を悩ませる「夫」を見ていると、概ね三つのパターンに当てはまるという。
「支配的、依存的、そして上から目線ですね。支配的とは、妻に~させてやるとか、~を認めてやるなどという意識を持っている夫。依存的とは、妻の買い物について行こうとするなど、とにかく一緒に行動したがる夫。定年後、やることがなくなった男性に多いですね。上から目線はそのまま、お前は~すべきだ、~だから駄目だなどとアドバイスしたがる夫のことです」
妻側の訴えで、夫がストレスの元凶になっているとわかり、今度は夫から話を聞く。すると、
「そういうご主人は大抵、“そんなはずはない”と言うのです。“自由に旅行に行かせている”“外に働きに出るのを認めている”などと言い出す。こうした態度こそが支配的で上から目線なのに気付いていない。しかもそういう人ほど、“俺は良い夫だ”と思っていることが多いのです」
このように、夫が妻の更年期の症状を悪化させるだけでなく、さまざまな心身の不調の原因ともなっていると思われるケース。これを石蔵医師は「夫源(ふげん)病」と名付けている。
ホルモンのゆらぎに加え、「夫」を代表とする負の環境因子。これらをどうコントロールするかが、更年期障害を克服するための重要な課題であることがよくわかる。
最後に、前出の原日出子さんが言う。
「昔なら更年期障害は口にするのが憚られるものでしたが、今は違う。きちんと知り、そして夫婦で話し合う。それが最悪の事態を招かないためにも大切では」
その意味でも、決して女性だけの病と言えないのは確かである。