「茨城一家殺傷事件」26歳男が逮捕 元捜査員が振り返る10年前の「猫虐待と通り魔事件」

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「猫から始まり、少女を傷つけ、最後は人を殺してしまった。これがもし本当ならば、残念でなりません。我々は彼を逮捕した後、更生して欲しいという思いで送り出しましたので……」。こう語るのは、男が少年時代に起こした傷害事件を担当していた埼玉県警の元捜査員である。

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二度の“別件逮捕”

“ポツンと一軒家”で起きた殺人事件――。現場の状況からそう呼ばれてきた、2019年9月に茨城県境町で発生した一家4人殺傷事件が急展開を迎えた。5月7日、茨城県警は、小林光則さん(当時48)と妻の美和さん(当時50)を刃物で殺害し、長男と次女にも重軽傷を負わせたとして、埼玉県三郷市在住の無職・岡庭由征容疑者(26)を殺人などの疑いで逮捕した。茨城県警担当記者によれば、異例ずくめの捜査だったという。

「半年にわたり、二度の“別件逮捕”でつないだ上での“本件逮捕”でした。まず茨城県警は、昨年11月、埼玉県警との合同捜査で、岡庭容疑者を『三郷市防災予防条例違反容疑』で逮捕しました。自宅に硫黄45キロを隠し持っていたという容疑でした」

 いよいよ境町の事件が動く――。この時から、男の自宅前は大勢のマスコミが詰めかける騒ぎとなっていた。

「しかし、事件は一向に動かないままでした。県警はさらに今年2月には、警察手帳を偽造したとして『公記号偽造罪』で男を再逮捕しましたが、その後も“本件”については音沙汰なし。そのため、“お宮入りだね”とも噂されていたのです」(同)

 一転、執念の捜査で事件解決。本来ならばそんな賞賛が送られるところだろうが、7日午後に開いた記者会見で県警幹部は渋面を見せ、認否も含めたほとんどの質問にノーコメントを貫いたという。

「最初に別件で身柄を確保してから本件での逮捕まで半年もかかったのは、決定的な証拠を欠いていたためだと思われます。本人は自供していると言われていますが、起訴し、公判を維持していけるのか、今後の展開が注目されます」(同)

猫を生き埋めにして殺していた岡庭少年

 逮捕の一報を複雑な思いで受け止めていたのが、冒頭で紹介した、10年前、岡庭容疑者が起こした傷害事件を担当した埼玉県警の元捜査員である。岡庭容疑者は、高校2年生だった16歳の時に、2件の「連続通り魔事件」を起こしていた。

 最初の事件が起きたのは、2011年11月18日の午後5時45分頃。埼玉県三郷市の路上を歩いていた中学3年生の女子生徒が、自転車に乗った男に追い抜きざまにナイフで首を刺された。そして、2週間後の12月1日の午後3時過ぎ、最初の事件現場から約2.5キロ離れた千葉県松戸市の路上で、今度は小学2年生の女の子が下校中にナイフで脇腹を刺される“第二の事件”が発生したのだった。元捜査員が振り返る。

「あの時はピリピリしていたなんてもんじゃなかった。幸い二人とも命には別状はなかったが、狙われたのは幼い女の子たち。“第三の事件”が起きてしまう前に、何としてでも犯人を捕まえなければならなかった。現場付近の防犯カメラも徹底して調べましたが、はっきりと犯人とわかる映像は映っていなかった。彼が浮上したきっかけは、聞き込みからでした」

“バンカケ”で勝負に出た埼玉県警

 それは岡庭容疑者が、自宅近辺で猫を生き埋めにしたり、金槌で叩いて殺害していたという住民からの目撃情報だった。ほかにも、近隣ではバイクを全焼させる不審火も発生していた。

「最重要人物として彼をマークすることになりました。防犯カメラの映像と照らし合わせ、似ているとはなったものの、それだけでは逮捕できない。そこで、松戸の事件が起きた直後から、自宅に捜査員を張りつけて行動確認することにしたんです。出てきたらバンカケ(職務質問)をして、持ち物を調べようという方針だった」

 そして、松戸の事件から4日後。自宅から自転車に乗って出てきた岡庭容疑者に捜査員が声をかけると、所持品の中から刃渡り15センチの折りたたみ式ナイフと17センチのナタが見つかったのだった。任意同行後、犯行を認めたため、殺人未遂の疑いで逮捕となった。

「ほっとしましたよ。その後の取り調べで、彼は『東京へ向かい、また人を刺すつもりだった』と話していた。あそこで確保しなければ、今度は警視庁管内で“第三の事件”が起きていた可能性があったのです。そこから動機の解明へと捜査は移っていったのですが、最後までなぜ事件を起こしたのかわからなかった。通常、こんな大事件を起こしてしまった少年は泣きじゃくったりするんですが、取り調べの最中はずっと平然としている。そんな彼を見ていて、なんでだろうという疑問は常にありました」

 岡庭少年は「人を殺してみたかった」と供述したという。

「通常の人では想像もつかないような考えです。一見、裕福な家庭で、兄弟もいて、不自由ない暮らしをしている。背景に何があるのかというところをちゃんと理解しないといけないと、いろいろと探ってみたんですが、心の中は最後まで見えなかった。やはり精神的な問題があったんだと思う。ただ、事件を起こすきっかけの一つに彼の父親の存在があったことは間違いなかった。岡庭は刃物マニアだった。裕福な父親はクレジットカードなどで彼が好き放題購入できるようにしていたのです」

父親の責任

 逮捕後、自宅からはサバイバルナイフなど71本が見つかり、うち16本は18歳未満の所持が禁じられているものであった。埼玉県警は翌年1月、父親を県青少年育成条例違反容疑で書類送検した。父親は自宅で測量事務所を自営。一族はあたりでは知られた大地主で、アパート経営なども行なっていたという。

「『有害がん具』を子供に買い与えたという条例違反です。ただ、がん具と言っても、実際、ちゃんと刺さるし、切れるし、使い方によっては人を殺める道具になりうる。そういった危ないものを、親の名義で買っているわけだから親の責任を問うべき。こういうものがインターネットで簡単に買える、買ってあげられる社会システムこそおかしいという問題提起もあって、私たちは父親の立件に踏み切ったのです」

 その後、鑑定留置を経て、さいたま家庭裁判所に送致された岡庭容疑者は刑事処分相当と判断され、裁判員裁判にかけられることになった。2013年3月、さいたま地裁は「保護処分が相当」とし、家裁の審判で関東医療少年院に送られた。

 2018年頃に満期で出所し、しばらくグループホームで暮らした後、三郷市の実家に戻り父母と暮らしていたという。仕事もせず引きこもりがちだったという岡庭容疑者がなぜ茨城の境町に向かい、接点がなかったといわれる一家を襲ったのか、理由はいまだ判然としない。10年前の事件を取材していた記者はこう分析する。

「当時、彼は第三の事件を東京で起こそうとしていたことについて、『埼玉と千葉は警戒されていると思った』と供述していた。今回、茨城にまで遠出したのは同じような警戒心があったからではないか」

 元捜査員はこう悔しさを滲ませる。

「二度とこういう事件を起こしたくないという思いで、捜査するのが私たちの仕事。実際、私たちはあの時、彼を逮捕し、罪を重ねることを食い止めることができた。まだ少年だった彼には、改心して人生をやり直して欲しいという思いを持っていたのですが、逆の結果になってしまったならば、本当にやるせない思いです」

デイリー新潮取材班

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