コロナ禍が追い風2022年フランス大統領選「“極右”ルペン勝利」の現実度

国際

  • ブックマーク

 フランスの大統領選挙まであと1年。4月11日付のフランスの『ジュルナル・デュ・ディマンシュ(JDD)』紙は、出馬候補を10パターンに仮定して大統領選に関する世論調査を発表した(内容は「フランス世論調査研究所:IFOP」の調査)。その結果は、いずれの仮定でも、第1回投票では現職のエマニュエル・マクロン氏(得票率23~28%)と極右政党「国民連合(RN)」党首のマリーヌ・ルペン氏(同25~27%)が伯仲している、というものだった。

 もっともフランスの大統領選挙は2回投票制で、第1回投票で過半数をとった候補がない場合には、上位の2名が残って2週間後の第2回投票で雌雄を決する。その第2回投票では、マクロン氏54%、ルペン氏46%という結果になった。この他、今年に入ってからのさまざまな世論調査はいずれも、ほぼ同じような結果である。

 これだけをみるとマクロン氏優勢、といいたいが、2017年選挙の第2回投票では、マクロン候補は66.10%を獲得しており、このときほどの優勢さはない。ちなみに、フランソワ・ミッテラン大統領が誕生した1981年選挙の1年前の世論調査では、ミッテラン氏は39%で、現職のヴァレリー・ジスカールデスタン氏が61%であった。ミッテラン氏は1年で逆転して当選したのである。

社会党系財団レポートの示す「当選シナリオ」

 そんな中、4月21日に「ジャン・ジョレス財団」が、ルペン氏勝利の可能性を示唆するレポートを出し、話題になった。

 同財団は、ミッテラン大統領のもとで最初の首相になった故ピエール・モロワ氏が理事長となって1992年に設立されたシンクタンクで、本来は「社会党」系であるが、現在ではマクロン与党の「共和国前進」にも近いとされている。

「最近、第2回投票ではマリーヌ・ルペンに投票してもいいと思っている左派支持層が多いと言われている。しかし、データを検討すると、この危惧はあたらない」

 と同レポートは述べ、危惧は、別のところにあると3つの要因を指摘する。すなわち、

(1)「共和党(LR)」などを支持する穏健右派層がルペン氏に流れる。

(2)RNが旧「国民戦線(FN)」時代の悪いイメージの払拭に成功する(「非悪魔化」)

(3)コアな支持層以外でマクロン大統領が嫌われてしまう

 レポートでは、(1)については「RNの政策は共和党の政策に接近している」が、双方の支持者はまだ「かなり明確に分かれている」。ただし、共和党の支持者たちは経済面の政策についてはRNと隔たっているが、対イスラム政策、社会や家庭における権威の復活などについては接近しており、第2回投票でルペン氏への投票となる可能性もある、とする。

(2)については、レポートは以下のように分析する。

「非悪魔化戦略は実を結びつつある。エマニュエル・マクロンの任期が始まって以来、国民連合の候補に関するフランス人の心象は大幅に改善された」

(3)についての分析はこうだ。

「エマニュエル・マクロンは、第1回投票では確固たる基盤をもっているが、残りの人々に重大な拒絶を引き起こし、マリーヌ・ルペンとの一騎打ちの際に多数の棄権を引き起こすおそれがある」

 このように、いずれも実現する可能性があるため、

「マリーヌ・ルペンの最終的な勝利に無視できない可能性があると考えられる」

 と結論づけているのだ。

父を除名してまでがらりとイメージチェンジ

 このレポートが発表された4月21日は、フランスの歴史に残る日である。2002年大統領選第1回投票で、左派候補の乱立のおかげもあってマリーヌの父ジャン=マリー・ルペン候補が、現職のジャック・シラク候補につづいて第2位となったのだ。

 このときは文字通り激震が走った。シラク大統領は、「我が国民の結束、フランス人が深い愛着を持っている共和国価値」「人権、人間の尊厳」の問題だ、と国民に「民主主義の決起」を呼び掛け、各地で反ルペンのデモが渦巻いた。さらにシラク氏は、「不寛容と憎悪を前にして和解の余地はない」と、決選投票前のジャン=マリー・ルペン候補との討論会を拒否したのである。そして投票の結果は、得票率82.21%対17.79%でシラク大統領の圧勝であった。 

 たしかに、ジャン=マリー・ルペン氏はアルジェリア戦争のときの反ド・ゴール派などを集めた極右政党FNの党首であり、第2次世界大戦中の対独協力のフィリップ・ペタン政権を擁護し、ユダヤ人虐殺はなかったなどとする歴史修正主義者だった。

 2002年の大統領選挙のときにも、「自由・平等・博愛」という「共和国価値」よりも「労働・家族・祖国」というペタン政権の標語の方が創造的だなどと言ってはばからなかった。

 2011年の党大会で、娘のマリーヌ・ルペンがFNの党首になった。「父の後を継いだ」と言いたいところだが、実は父ルペンの路線の後継者が別におり、その対抗馬として登場したマリーヌが当選したのだった。

 彼女は、FNのイメージチェンジ、いわゆる「非悪魔化」に乗り出した。ナチスやユダヤ人差別を公然と批判し、前回の2017年大統領選の前には、ついに父を党から除名した。またアルジェリア独立を認めたためFNの不倶戴天の敵だったド・ゴールを称賛し、2017年の第2回投票の前には、ド・ゴール派極右政党と共闘した。政策面でも、とくに他の党派との最大の違いであった欧州連合(EU)と通貨ユーロからの離脱という主張を一旦捨てた。

 大統領選での落選の後もこの路線をつづけ、「国民戦線(FN)」を「国民連合(RN)」に改名した。単純な移民排斥はやめ、治安・テロ問題にフォーカスして過激性を抑えた。そのため、2月11日の『FRANCE2』でのジェラール・ダルマナン内相との討論で、ダルマナン内相がルペンのイスラムへの態度について「柔弱だ」と非難するほどだった。

 なおダルマナン内相は、共和党からマクロンの「共和国前進」に鞍替えした人で、かつてはニコラ・サルコジ元大統領の側近であった。

 この討論でルペン氏は、イスラム教徒とイスラム過激派を区別して、

「私はフランスの価値に愛着を持っているから信教の自由に全面的に賛同する」

 と答えた。

 かつてFNはカトリック原理主義との結びつきもあったのだが、現在のRNの党是は非宗教の「共和国価値」の尊重に代わっている。仏週刊誌『ルポワン』が4月14日に発表した世論調査(調査会社「Ipsos」「Sopra Steria」による)では、「共和国価値」の防衛のためにはマクロン氏よりもルペン氏の方が信頼できる、という結果がでている。フランスはカトリック信者は多いが、毎週ミサに行くような人は少なく、宗教よりも「共和国価値」が道徳の源泉になっているからだ。

 また今の若年層はジャン=マリー・ルペン氏の印象は薄く、マリーヌ・ルペン氏しか知らない。ルペンに投票するということに対するアレルギーは少ないのだ。

「グローバリズム減退」で現実化したRN的な価値観

 ドナルド・トランプ米大統領当選のとき、マリーヌ・ルペン党首は真っ先に祝福した。2018年には、元側近のスティーブン・バノン氏を歓迎した。

 しかし、新型コロナウイルスの蔓延以降は、まるでトランプ氏を反面教師にするかのようだった。他国の極右勢力が“マスクを外す自由”を求めたり、ロックダウン破りを起こしたりして騒ぎを起こしていたのとは対照的に、ルペン氏はマスクの義務化を求め、マクロン政権の新型コロナへの見通しの甘さ、対策の遅さを攻撃した。

 共産党に代わって左翼政党の代表となった「不服従のフランス(FI)」と政府批判を争ったが、大規模な大衆運動は起こさず、それをおこなったFIにくらべて穏健なイメージを与えた。

 新型コロナは、彼女にとって追い風だったと言える。

 RNはもともと、各国の主権を埋没させた現在のグローバリズム的EUではなく、ド・ゴール的な「諸国家のEU」を主張してきたが、コロナ禍で国境検査の強化や閉鎖がおこなわれるなど各国の主権が重視され、RNの主張が実現した形になった。またマスクや医療器材などが欠乏した経験から、グローバリゼーション主義者のマクロン大統領さえも基幹産業や保健衛生など国民を守る産業は国内に戻すという政策を推進するようになった。

「危機は私たちが予見し何十年もの間国民に訴えてきたこと、フランス人に言ってきたことが有効なのだと認めさせました」(『フィガロ』2020年5月18日)

 とルペン氏は言うのである。

 今日、政治や社会の対立点はもはや「右と左」ではなく「上と下」である、ということがはっきりしている。

 よく「フランスの亀裂」といわれる。グローバリゼーションの恩恵を受ける「中心」=「上」と、恩恵を受けないところか犠牲になる「周辺」=「下」の亀裂だ。これは地理的なものであると同時に、かつての資本家=「右」と労働者=「左」に代わる経済的社会的な階層でもある。そんな状況で、ルペン氏は「下」をすくいあげて支持を増やしている。一方で社会党や共産党など既成左派は、派遣社員、配達員、周辺地の最低賃金の者など「新しいプロレタリア」に訴えきれていない。

 前回大統領選で、マクロン氏が66%もの得票で当選できたのは、けっして彼自身が支持されたからではない。2002年ほどではないが、「極右だけはだめだ」という「民主主義の決起」があったからである。だが今は、「下」をすくいきれなかったマクロン氏に失望し、むしろ「マクロン嫌い」がじわじわと増えつつあり、そこにルペン氏が浸透しつつあるのだ。

 前述の社会党系の財団のレポートは、“ルペン当選”という危機を回避するために、

「極右の考え方への政治的戦いを続けなければならない」

「RNに投票するフランスの取り残された人々に語りかけよう」

 と鼓舞する。しかし戦後76年、ホロコーストもペタン政権も歴史のかなたである。

「マクロン嫌い」で棄権したい人たちを「民主主義の決起」で1票を投じさせることができるのか、これからの1年が正念場となる。

広岡裕児
1954年、川崎市生まれ。大阪外国語大学フランス語科卒。パリ第三大学(ソルボンヌ・ヌーベル)留学後、フランス在住。フリージャーナリストおよびシンクタンクの一員として、パリ郊外の自治体プロジェクトをはじめ、さまざまな業務・研究報告・通訳・翻訳に携わる。代表作に『エコノミストには絶対分からないEU危機』(文藝春秋社)、『皇族』(中央公論新社)、『EU騒乱―テロと右傾化の次に来るもの―』(新潮選書)ほか。

Foresight 2021年5月7日掲載

メールアドレス

利用規約を必ず確認の上、登録ボタンを押してください。