なんとか「不倫の恋」を諦めたのに… あの時、僕に言った妻の「許す」はウソだったのか?
「水に流す」と言ったのに…
だがとにかく、今は家庭を大事にしようと繁夫さんは決めた。以前と同じような日常が戻ってきた。
「ところが妻は僕に笑顔ひとつ向けない。しばらくたったころ、『許す。水に流すといった言葉は嘘だったの?』と尋ねたら、『許しているわよ。水に流してもいる。だからこうやって生活しているんでしょ』と言われました。普通に会話がしたいと言うと、『はい、会話しましょ。あなたからどうぞ』って。そう言われて話せますか?」
発覚前、亜希さんは毎日、弁当を作ってくれていた。今はそれもない。妻は「前は私が自分のを作るついでに作っていただけ。うちの会社、食堂ができたからもうお弁当は作らなくてすむ」と言ったそうだ。
「愛されていないと感じます。もちろん、浮気した僕が悪いんですが、家族としての愛情すらなくなってしまったのか、と……。僕は妻を家族として大事に思っているのに」
なにより、「許す。水に流す」という言葉に繁夫さんは固執している。そういうことを言うとき、人は覚悟を決めているはず。それなのにその言葉に責任をとらないのはなぜなのかと妻を内心、非難しているのだ。
「『おまえが妻を非難などできるはずがない』と言われるのは承知の上です。でもそれとこれとは別。僕がしたことは確かに妻に対して失礼だった。だから謝ったし蓉子とは別れた。別れたら許すと言ったのは妻です。その言葉に責任をもたないのはどうなんだろう……。僕が何を言っても受け入れられないのもわかっているんですが」
繁夫さんとしてはもどかしいところだろう。妻を責めたところで、妻の心が溶けるわけではない。妻は妻で葛藤しているはずだから。
コロナ禍においても、繁夫さんの勤務形態は大きくは変わっていない。出社日が週に1日減ったくらいだ。在宅勤務日、彼は会社が指定したワーキングスペースに赴いて仕事をしている。
「あれから3年以上たちました。蓉子とは月に1度、電話で話しています。履歴はもちろんすぐに消していますが、お互いの気持ちは変わっていない。蓉子もご主人とはほぼ無言の生活が続いているようです。子どももいないので離婚を視野に入れるようになってきたと先月の電話で言っていました。彼女が離婚したら、よりが戻るのかどうか、僕の気持ちはまだはっきりしていませんが」
妻の態度が今のままなら、ふっと蓉子さんに引きずられてしまうかもしれないと繁夫さんは小さな声で言った。そこを妻のせいにするのはおかしい。そう指摘すると、繁夫さんは、「でも寂しいんですよ。人は正義だけで動いているわけじゃないでしょ」とうつむいた。彼の体が急に小さく見えた。
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