コロナ担当職員が378時間の残業 霞が関「ブラック職場」の恐ろしい実態

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「接待を知らない世代」

「そうは言っても官僚は高給取りで恵まれているでしょう」と思う方もいるかもしれない。確かに、世間一般からすると給料は安くはないと思う。ただ、官僚になる学生は、いわゆる一流大学の学生ばかりなので、彼らの立場からすると、同級生は大手の民間企業や外資系企業などに就職する人が多い。「30歳のキャリア官僚」の年収は、残業代や各種手当、ボーナスなど込みで額面700万円を超える程度だ。大手企業に勤める同級生のなかには1千万円近い年収をもらう人も珍しくない。

 官僚になる学生たちも、こうした状況を理解している。大手企業など、他の選択肢と比べ、決して給料は高いとは言えず、仕事は忙しく、労働条件もあまりよくないということを理解した上で、それでも官僚を志望しているのだ。

 官僚志望者向けの交流サイト「×KASUMI」に掲載された、官僚志望者及び内定者を対象にするアンケート調査によれば、9割以上の回答者が「国民の生活をより豊かにする」「国民の安全・財産・権利を守る」など、国民への貢献にやりがいを見出して志望している。その一方で、9割以上の回答者が長時間労働に不安を感じていた。

 若手官僚たちは、苦しい状況のなかでも激務に耐えながら、それぞれの政策を通じて国民に何とか貢献しようとしている。また、社会のために働きたいと考える学生たちもまだまだいる。彼らのことを知る筆者にとって、総務省を舞台とした国家公務員倫理規程違反とされる接待問題が、国会やメディアでも大きな話題となっていることは極めて残念でならない。

 この件を巡って指摘しておきたいのは、官僚たちのジェネレーションギャップの問題である。

 記憶されている読者もおられると思うが、1990年代には、「ノーパンしゃぶしゃぶ」接待に代表される官僚の不祥事が頻発し、その結果として利害関係者からの接待を禁止する国家公務員倫理法ができた。この法律は00年4月に施行され、筆者はその1年後の01年4月に厚生労働省に入省した。

 官僚になると、全ての省庁の新人キャリア官僚が一堂に集められて研修を受けるのだが、最初に国家公務員倫理法について叩き込まれた。だから、僕らの世代(霞が関では課長・室長といった管理職になっている)は、「接待を知らない世代」と言ってもいい。役所にばかり閉じこもって仕事をしていると世の中の実態も把握できないし、自分が霞が関で作っている政策がどのように民間や人の生活に影響を与えるのかということすら分からなくなる。

 そのため、筆者はクリーンな形で民間企業やNPOなどの人たちとネットワークを広げてきたし、そうしたネットワークに後輩たちを巻き込んできた。

 ルール上は、利害関係者に当たらない人たちから食事をご馳走になっても問題はないのだけれど、食事をともにする機会があればいつも割り勘にしていた。民間企業の人たち同士は交際費で食事をする習慣があるので、「そこまでしなくても」と言われることもあったが、きちんと説明し、理解してもらってきた。“公務員バッシング”のなかで育っているので、変な目で見られたくないという気持ちが強くあった。同時に、役得めいたものを手にしてしまうと、自分の仕事上の判断に曇りが出てくる可能性も捨てきれないと思ったからだ。

 これは、筆者だけが特別ということではなく、ほとんどの官僚たちは同じような感覚でこの20年を送ってきたと思う。筆者よりも若い官僚たちにとっては、接待など全く無縁の環境で日々、激務をこなしている。彼らのことを思うと、一部の幹部がこのような接待を受けていたことで、国家公務員に対する信頼が損なわれ、官僚全体に対する風当たりが厳しくなったり、イメージが悪くなったりすることは、本当に腹立たしく思う。

国民生活への悪影響

 これからの時代は、霞が関に優秀な人たちが集まらなくても、民間で社会を作っていけばよいという考え方もある。それはその通りだと思うが、実は、官僚は社会の機能として必要なものだ。たとえば、コロナ禍では、一律10万円の定額給付金や、売り上げの落ちた企業を救う持続化給付金、解雇を防ぐための雇用調整助成金、営業時間短縮に応じた飲食店の協力金・支援金などなど、数多くの支援策が打ち出されている。

 こうした支援策について、アイディアそのものはいくらでも民間から提案できるし、それを政治が取り上げて意思決定することもできる。

 しかし、実際に政治が意思決定してから、国民一人ひとりの手に支援が届くまでの間には、さまざまな人々の仕事が複雑に絡み合う。多くのバトンをつないでやっと支援が行き渡るのだ。

 ワクチン接種にしても、まず、国としてワクチンの総量を確保するための交渉を製薬企業としなければならないし、冷凍庫の確保や保管・輸送の仕組みの設計、自治体への供給計画の策定、接種会場での医師・看護師の確保、住民への周知など、さまざまなステップがある。こうしたプロセスのなかで、昼夜問わず、必死に実務を回しているのが表に出ない官僚たちだ。

 霞が関で激務をこなす優秀な官僚たちは、本当につらかったら転職するという道があると思う。だが、「ブラック霞が関」問題は決して官僚の労働問題だけではないのだ。彼らが、異常な長時間労働で健康や家庭を壊したり、離職が続出したりするような状況を放置しては、今後、国民生活に大きな悪影響が出てしまう。

 河野大臣は、長年の霞が関の悪習であるサービス残業を一掃しようと、残業代の適正な支払いを各省に指示した。実際に残業代はかなり支給されるようになったと聞く。民間のサービス残業を取り締まる立場の役所が、青天井のサービス残業をさせる状況にメスを入れた英断だ。これによって、官僚の無駄な残業は、直ちに“税金の無駄遣い”になった。官僚に対する身勝手な指示や深夜の質問通告、さらにはweb会議やペーパーレス化に対応できないといった無駄な作業を強いる政治家を、我々国民も厳しい目で見ていかなくてはならない。

 日本の優秀な人材が心身ともに疲弊したり、やりがいを喪失して、霞が関を去り続ける。さらに、社会のために働きたいと考えている志の高い学生たちが、労働環境の劣悪さを理由に霞が関という職場を目指さなくなる。そうした状況に歯止めがかからなければ、行政サービスは低下の一途をたどってしまう。それを変えられるのは政治の力だ。そして、政治家が気にするのは何より世論だ。この記事を読んでくださっている多くの皆さんが、「改革すべきだ」と思っていただければ、必ず危機は乗り越えられると信じている。

千正康弘(せんしょうやすひろ)
元厚労省官僚。1975年、千葉県生まれ。慶應義塾大学法学部卒。2001年、厚生労働省入省。社会保障・労働分野の法律改正に携わり、インド大使館勤務や秘書官も経験。19年9月に退官。株式会社千正組を設立してコンサルティングを行うほか、政府会議委員も務める。

週刊新潮 2021年4月29日号掲載

特集「『東大卒志望者』が激減 『エリート官僚』は絶望の果てに離職 『超ブラック職場』で『霞が関』崩壊危機」より

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