「米中衝突」なら日本にも甚大な被害 「台湾有事に備えよ」自衛隊幹部たちのリアルな見方
バイデン米大統領は、トランプ大統領と比べると中国に融和的なアプローチを取るのでは――就任前にささやかれていたそんな懸念は、今のところ杞憂だったようだ。
アメリカは中国に対して、従来以上に厳しい姿勢で接しており、先日の日米首脳会談でも台湾問題について触れたことは大きな話題となった。
米中衝突の舞台は台湾となる可能性が高い。これは多くの専門家が指摘するところだ。
一方で、こうした見方を陰謀論や行き過ぎた中国脅威論だと見る向きもある。中国の軍事的拡大は紛れもない事実であるが、「損得を考えた場合、アメリカとの武力衝突は避けるはずだ」という楽観的な見立てをする人も一定数いる。たとえば岡田充・共同通信客員論説委員は「『台湾有事』はアメリカが言うように近いのか」という記事(東洋経済オンライン 4月22日)で、むしろアメリカには別の思惑があって危機を煽っているのではないか、と分析している。
では、有事となった際に、もっとも危険な現場に部下を赴かせる立場の自衛隊幹部たちはどう見ているのか。
もっともリアリティを持って分析をしている自衛隊の幹部たちの思考に触れる機会は少ない。現役の時には発言に慎重にならざるを得ないという面もあるのだろう。
元幕僚長らの座談会という形式で著された『自衛隊最高幹部が語る令和の国防』は、彼らの本音を知るうえで格好のテキストである。同書に元幹部として登場しているのは岩田清文・元陸上幕僚長、武居智久・元海上幕僚長、尾上定正・元航空自衛隊補給本部長。座談会の進行役は、安倍政権で国家安全保障局次長を務めた兼原信克氏である。
外交、軍事のプロフェッショナル・エリートたちは、それぞれが台湾有事についてどう見ているか、印象的な発言をご紹介してみよう(すべて引用は『自衛隊最高幹部が語る令和の国防』より)。
日本の“無力化”を図る中国
まずは兼原氏の見立てと懸念である。
「台湾問題はダイレクトに日本にも関わってきます。反撃する米軍が日本の米軍基地や自衛隊を使わないはずはないので、台湾侵攻を試みる場合、中国はあらかじめ日本の無力化を図ろうとするでしょう。全面的に日本に斬りかかってくるのか。あるいは先島諸島や与那国等の、台湾に近い島々だけを攻撃対象としたハイブリッド戦を仕掛けてくるのか。そもそも先島諸島が北方領土のように中国に奪われる危険はないのか。
私が懸念しているのは、日本の西南方面でサイバー攻撃、EMP攻撃(電磁パルス攻撃)などを使って通信網や電力網が無力化され、自衛隊の継戦能力がなくなってしまうことです。また、経済面も心配です。中国が本気で日本と戦うとなったら、海上封鎖をするかもしれない。その場合、エネルギーと食糧と鉱物資源の輸入が途切れます。中国に深く根を張っている日本の製造業のサプライチェーンも対日制裁によって断絶されるでしょう。これに日本は耐えられるのか」
台湾独立派を殺傷し、新政権を樹立して寝返らせる
「台湾は日本防衛の最前線」と語る岩田氏は、中国が台湾に侵攻してくる場合の展開をこう読む。
「複合領域に亘(わた)る短期決戦を仕掛けてくるのだろうと思います。軍事的威圧を加えながらも努めて軍事侵攻を避ける形で、斬首作戦により独立派を事前に相当数殺傷し、新政権を樹立して寝返らせるのが中国にとってベストです。それができない場合は、台湾国内に騒擾(そうじょう)状態を作りだし、恫喝と経済封鎖と宣伝戦を組み合わせ、総統の斬首作戦と政権転覆を図り、あらゆる手段を駆使して米軍の介入を妨害し、米軍が来援できないうちに早期に軍事作戦により台湾を占領する、というシナリオがいちばんありうるかなと思います」
その際、日本への攻撃、工作も十分あり得るという。この点は兼原氏とまったく同じ見解だ。
「中台紛争に連接して、日本に潜入した工作員によって与那国島が占拠され、石垣島、宮古島の重要施設も破壊されるという事態は充分にありえます。日本の人工衛星の破壊、サイバー・電磁波攻撃、通信や電力などの重要インフラ施設の破壊、自治体首長の転覆工作、フェイクニュースの伝播などによってこれら先島諸島全体に騒擾・混乱状態を作りだすことは可能です」
台湾軍の実力は?
もちろん台湾が侵略された場合、真っ先に動くのは台湾軍である。その実力はどうか。武居氏は「決して弱い軍隊ではない」と評価する。
「大陸から台湾海峡を渡って侵攻してくる敵をどのように撃退するか、彼らはもう70年に亘って研究して、それにふさわしい武器体系を揃え訓練しています。また台湾の地形を見ると、急峻な山岳が多くて平地が少ない。まさにゲリラ戦に最適な地形をしており、上陸に成功しても平定には多くの時間がかかる。ミサイル攻撃だけでは相手が屈服しないことは近年の戦史が示すところです。明治政府が台湾併合後に台湾原住民を鎮圧するのに約10年を要したことを考えると、中国もやすやすとは手が出せないと思います。
しかも、1979年から2015年まで行われた一人っ子政策の影響で、中国軍の実働兵力である10代から40代の兵士はほとんど一人っ子です。儒教文化の中国では1人の兵士の肩に6人(両親2人、祖父母4人)の肉親が乗っている場合が普通であって、兵士は年老いた肉親を養わなければならない。兵士1人を殺すのは中国共産党にとっても非常に重い決断であろうと思います。そう考えると中国は、戦略目的の達成のために、長期に亘るグレーゾーンの戦いを行うか、軍事力を使わなければならなくなった場合に備え、平時から中国優位になる環境を整えようとしていくでしょう。有事になれば、無人機など自律型ロボット兵器を多用することになるだろうと思います」
危機はいつ起こるのか
気になるのはいつ危機が起こるか、だ。尾上氏はそう遠くないと見ているという。
「個人的にはここ数年、特に2024年までが危ないのではないかと思います。なぜそう考えるかというと、一つはコロナ危機と米国の各種制裁で中国の経済成長が難しくなっていること。『何が何でも経済成長を実現する。それによって世論の不満を抑え込む』という共産党統治の正当性を支える土台が揺らぐかもしれない。そうなると、正当性を強める意味でもよりいっそう、台湾併合へのインセンティブが働く。習近平政権は、そういう状況に追い込まれつつあるのではないかと思います」
その際、やはり日本は無傷とはいかない。「台湾有事の際に尖閣に何も起こらないということはありえない」と武居氏は断言する。
「世界中がコロナで大変な時におかしなことはしないだろう」というのは性善説に基づいたあまりに楽観的な考え方というもの。
往々にして日本ではこうした防衛のプロの意見を軽視しがちだが、それではいざという時に対応できなくなるのではないか。