珍しい裁判官モノ「イチケイのカラス」が秀作の予感 フジの「じゃない方のお仕事」シリーズがいいぞ

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 医師じゃなくて放射線技師や病院薬剤師を描く。フジの「じゃないほう」シリーズ、今回は弁護士や検事じゃなくて裁判官モノだ。

 考えてみれば、裁判官を身近に感じることはそうない。衆院選の最高裁裁判官の国民審査でプロフィールくらいは読むが、個人的に裁判官に思いを馳せたのは1回だけかも。2006年に京都・伏見で起きた介護殺人事件。母の介護を苦に心中を図り、母を殺害してしまった息子の裁判で、涙ながらに執行猶予の温情判決を下した裁判官だ。「地裁が泣いた」と話題になり、今でもその裁判官の言葉は語り継がれている。人として厚みのある裁判官がいると思った。数年後、悲しい結末(息子は自殺)を迎えたが、あの裁判官もやりきれない思いだったに違いない。

 ということで「イチケイのカラス」だ。竹野内豊が元弁護士で温情派の裁判官、黒木華が東大卒の四角四面な裁判官、その上司で無罪判決の経験豊富な裁判官を小日向文世が演じている。

 嘘にも悪にも偏見にも染まらない黒の法衣を身にまとう裁判官の物語は珍しいよね。原作の浅見理都(りと)の漫画では、黒木演じる坂間が主人公で男、竹野内演じる入間はサブキャラだ。この大幅な設定変更も嫌いじゃないし、黒木が「心が狭く頭が固く愛嬌なしで妥協せず」の堅物キャラにぴったり。顔立ちからおっとりはんなりキャラを演じることが多かったが、嫌味も拒絶も猛抗議も理路整然と言語化する姿、私は好き。フジは原作者とひと悶着起こしがちだから(海の猿とか、紙の兎とか)、一瞬不安に。奇しくも今回はカラス……。そこ、大丈夫だよね?

 そもそも裁判官はドラマでどう描かれてきたか。検事・弁護士モノの中の裁判官は、泣く子も黙る権威か、真面目過ぎて御しやすいか。あるいは絵ヅラのパーツとしての存在のみ。実際には、膨大な資料を読みこみ、法律と照らし合わせて人を裁く重責を担うが、ドラマが求めがちな派手さや華やかさ、破天荒とは無縁の職業。

 そこで竹野内投入(原作に忠実にいくなら森田甘路だが)。優しげで頼りなげのヤサメンに加えて、書記官の新田真剣佑に桜井ユキ、事務官も水谷果穂で美男美女揃い。美形地裁と揶揄されがちなところに、小日向&中村梅雀で親近感と現実味、絶大なる安定感をぶちこんでバランスをとる戦略。功を奏しているね。

 とにかく竹野内が「聞く耳を持つ裁判官」を演じて、黒木は影響されて角がとれていくと予測はつく。つくが、ひとりの人間を「裁く」という行為をどこまで真摯に描けるか、期待しちゃう。

 過去の判例に倣う判例至上主義や、効率優先主義への批判もきっちり織り込まれているし、裁判官の「職権発動→捜査」にコミカルに翻弄される検察官と弁護士もおかしくて珍しい。パターン化も懸念されるが、竹野内の悔恨をベースにしたヤマ場もきっとあるはず。

 毎回のゲスト(被告人や弁護人)が実は重要で、判決後の人生も観てみたい、と思わせるかどうか。じゃないほうの月9、進化しとるし、記憶に残る秀作の予感。

吉田潮(よしだ・うしお)
テレビ評論家、ライター、イラストレーター。1972年生まれの千葉県人。編集プロダクション勤務を経て、2001年よりフリーランスに。2010年より「週刊新潮」にて「TV ふうーん録」の連載を開始(※連載中)。主要なテレビドラマはほぼすべて視聴している。

週刊新潮 2021年4月29日号掲載

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